3-カユウ②

 ところで、つい最近病院に行った。その時、いいことを知れたのだ。


 私の耳は治るかもしれないらしい。


 元々治る可能性はあったそうだ。どういう理由なのか詳しいことはわからないが、最近になって手術で治る可能性が高まったらしい。


 私は嬉しくなって、第一にそれをソヨに報告しようと思った。この嬉しさを共有したかった。しかし、そうしていいものかと悩む。

 ソヨだって、耳が聞こえないのだ。私が聞こえるようになったところで今後のコミュニュケーションに影響があるわけでもない。それどころか、聞こえるようなるかもということを嬉々として報告して、ソヨが嫌な気持ちになる方が可能性としては高いだろう。

 もちろん、ソヨだったら私のことを素直に喜んでくれるとは思う。私だったら、ソヨの耳が治るなら全力で喜ぶ。だが、それと同時に妬ましい気持ちも生まれるだろう。喜んで、祝福する気持ちとは別に羨ましく思うはずだ。ソヨだって同じだろう。


 やっぱり、やめておこうかな。どうしようかな。


 こういう所で、友達が少ない部分が辛くなる。今まで人間関係で大失敗をしたことがない……正確には、失敗をする相手すらいなかったため、こういう重大な問題にどう立ち向かえばいいのかわからないのだ。


 困ったらアサギさんに相談すればいい。そう思って立ち上がったのだが、なんだかそれはイヤだなと思って直立姿勢のままベッドに倒れ込んだ。


 うーんうーんと唸るうちに、太陽は沈み月が昇り、月が沈んで太陽が昇り、あれ何回寝たかな覚えてないやという感じになってしまった。


 気がついたら私はソヨの隣に居た。もちろん、悩みすぎて記憶が飛んでいたとかではない。ちゃんとここに来るまでの過程の記憶はあるが、それくらい悩んでいたということだ。


“カユウ大丈夫?魂どこに置いてきた?”


“ごめんごめん。ちょーっと考え事しててね”


“ふーん、そういえばさ……”


 もうこんな会話も慣れたものである。ベッドに腰掛けて肩を並べているのはいつものスタイル。いつも通り、ソヨはヘッドホンを付けていた。前に何故かと質問したら“カユウと会う時は付けてなさいって言われるの”と答えられた。

 ソヨが、手の動きで言葉を紡ぐ。


“カユウ……耳が治るかもって話は本当?”


 その手話を見て、私はソヨが何を言ってるのか一瞬分からなくなった。数秒置いてそれを理解し、ビックリしながらおぼつかない手話で回答する。


“本当だけど、なんで知ってるの!?”


“……なんでだろね?”


 思わず、「はぁ?」と言ってやりたくなる。くどいようだが私は喋れない。しかし、それももう少ししたらできるようになるかもしれないと思うとワクワクしてきた。

 ところで、ソヨは本当に何を言ってるのだろうか?


“信じられないかもしれないけど、ここの施設のおばちゃん達が話してるのが聞こえた気がしたの。よく遊びに来るカユウちゃんの耳が治るかもって話をね”


“手話で話してたのを見てたんじゃなくて?”


“どうしておばちゃん同士で手話を使うのよ。昔からあるのよね、エスパーみたいに音が聞こえた気がするの”


 ソヨがそんなことを言うので、世の中では拍手と言われる行為をしてみる。手のひらとひらを勢いよく叩き合わせるのだ。こうすると音が鳴るらしい。


“そんなことしても聞こえないよ。たまーに、だけ”


“そうなの?”


“うん。本当に、たまにね。しかも、ワタシは『あ』がどんな音をしてるかなんて知らないのにちゃんと「あ」って聞こえる気がするのよ。不思議でしょ?”


 本当に不思議だ。でも、もし本当にそうならソヨの耳も治る可能性があるのかもしれない。少し嬉しくなった。そういえば、私の耳の話をしていたのだった。


“それで、私の耳は治るかもしれないんだって”


“よかったじゃない。手術は受けるの?”


“うん。お金も色んな免除が効いてほとんどお金がかからないから大丈夫なんだって”


 アサギさんや、その他の施設の人達はそう言ってくれた。私はそれが本当なのか、私に資金が少ない施設の心配をさせないための嘘かはわからないけど甘えることにしてる。


“ソヨ、ごめんね”


“なにが?”


“なんか、私だけ”


 しんみりと、そう伝えてみた。ソヨがきょとんとした顔をした後に、“何を馬鹿なことを”と笑ってくれた。


“ワタシなんか気にしなくていいのよ。ここで耳治して、カユウは再来年から高校行きなさいよ”


“ありがと。高校ね。一応、学年に追いつけるように勉強はやってるんだけど”


“カユウって勉強できなさそうよね”


“ひどい!でもソヨは頭よさそうだから言い返せない!”


 悔しくてベッドを軽く叩く。ソヨは口に手を当てて、お嬢様みたいな笑い方をしていた。なんだか癪に障る。本気でイラッときたわけではないが。

 そんなことはどうでもよくて、ソヨが私の応援をしてくれたことに心底安心した。いい友達を持ったなと思う。


“ソヨも、通信制の学校とかやってみたら?”


“そうよね。いやでも大人になるわけだから、いつまでも聞こえない耳に甘えてられないわ”


 ヘッドホンを指先で叩くソヨはなんだかかっこよかった。


“耳が聞こえるようになったら、ここまで一人で遊びに来れるかな。そうすれば、毎日でも遊びに来るんだけど”


“歓迎するわ”


 なんだか、すごく勇気付けられた。手術も上手くいく気がする。


“私、手術はした後は口で話す練習とかするらしいんだ。もちろん、成功したらの話だけど”


“じゃあ、手術の後はしばらく会えなくなるかしら?”


“……かも”


“ま、その程度で途切れる仲じゃないわよね”


“もちろん、BFF”


 親指を立てて見せる。しかし、痛々しいものを見るような目線をソヨに向けられてしまった。


“なにそれ、ナウいJCにでもなったつもり?引きこもりのあなたが?”


“『ナウい』なんて使う人ほとんどいないと思うよ”


“うそ!?最先端の言葉だと思ってたわ……”


“引きこもりが引きこもりのことバカにしちゃダメだね?”


“そうね?”


 いつも通りのやり取り。ああ、友達がいるって素晴らしい。


 手術はもう数週間後の予定だ。


 治ればいいな。

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