3-フタバ

 最近、少し恐ろしい。二週間に一回か二回ほど、部屋に誰かがいる気配がする。

 具体的には、ベッドに腰掛けると横に誰かが座ったような音がする。シーツの擦れる音や、ベッドが軋む音などだ。また、たまにくすぐられたりする。その度に誰かいるのかと呼びかけるのだが、返答はいつもない。


 ただ。


 部屋ですることといえば音楽を聴くか読書をするかくらいしかない僕には、その謎の現象が楽しくもあった。むしろ、恐ろしさよりも楽しさが勝っていた。

 僕だって子供、十四歳だ。今は中学二年生に相当する年齢である。オカルトなことなどにワクワクしたっていいじゃないか。友達もいないので、僕の好奇心は部屋を徘徊する謎の人物に向けられていた。


 幽霊かなにかだろうか。それにしてはやることがお茶目である。オバケの類は恐ろしい行動を起こすものかと思っていたが、そうでもないのかもしれない。


 前に触ってみようとしたこともある。ベッドに座って隣でギュッと鳴ってからそっちに手を伸ばしたのだ。しかし、いくら手を振り回してもそれが何かに当たることはなかった。


 施設の大人に相談することはしない。もし本当に幽霊で、騒ぎになったら僕はこの部屋に居られないかもしれない。単純に別の部屋に動くのは面倒だったし、やはりこの怪奇のおかげで退屈を紛らわせている部分もある。要は、この状態が終わって欲しくないのだ。


 奴が来るのが楽しみだ。何故かわからないが、奴は僕がヘッドホンをしている間に訪れる。来てからならヘッドホンを外してもいいのかもしれないが、そうしたらどこかに逃げてしまうようでなかなか外す勇気が湧かなかった。



 ふと考える。本当に、奴は幽霊のような怪奇的な存在なのか。



 それにしては、全てがリアルだ。確かに、口をきかなかったり触れなかったりとおかしな点はあるが、どうしても実在しない人間だとは思えないのだ。奴がいる時に食べるおやつは減りが早かったりする。


 また来ないかな。来るという表現が適切かはわからないが、僕はそれを楽しみにしていた。


 最近、奴が来る時に必ずと言っていいほどとあることが起きることがわかった。車の音だ。奴が来る直前に、車が駐車する音がする。僕はそれに気づいたら窓を開ける。車から人が降りる音がしたら、ヘッドホンを装着する。そうすると、いつの間にか隣に座っているのだ。


 ドアが開く気配は感じない。ドアが開くのか確認しようと、車の音がしてからドアに手をついていようと考えたことがあった。しかし、その途端にドアの位置が分からなくなった。暗闇の世界で立ち上がることに恐怖を感じ、椅子に座って動けなくなってしまった。それが治まったと思ったら、ベッドからボスンと音が鳴る。


 何故か、奴の存在を確かめようとするとこうなることがしばしばあった。金縛りのようなものだろうか。結局、この現象が起きるようになって一年以上が経過しているのに、何も正体に繋がる情報は得られなかった。


 そういえば、奴が出現するようになってからときどきとある二つの名前を聞くようになった。


 カユウ。ソヨ。


 大人達が時々話している。仲良しの二人組らしい。部屋に引きこもってばかりの僕は、この施設に暮らす他の子供のことはまるっきり分からない。名前も、何人いるかも把握してないのだ。

 聞き耳を立ててみると、様々なことが分かる。どうやら、二人も僕と同じように障害を持っているらしい。と言っても、目が見えないのではなく耳が聞こえないらしいのだが。だが、この間こんな話を聞いた。


「時々来るカユウちゃん、お耳治るかもしれないんですって」


「まぁ本当?それはよかった……ソヨも耳が聞こえるようになるといいんだけれどね」


「ソヨは……あの子は、耳が聞こえないわけではないから。かえって、治せないでしょうね」


「難しい問題よね……前例もないみたいだし」


 その後はよく聞こえなかった。カユウさんもソヨさんも苦労しているらしい。話してみたかったが、相手には口からの言葉は通じず、僕には手話が通じないとなると無理だろうと悟った。


 そんなことを考えていた時、どこからかエンジン音が聞こえてきた。ビーッビーッっと鳴らしながらバックしている音が聞こえてくる。その後に、バタッとドアの閉じる音。


 僕はヘッドホンを付けた。

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