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2-カユウ①
車が止まった。外は晴れていた。後部座席の窓からは、私が住んでいるような白い施設が見えた。
車のドアを開けて、アスファルトを踏んだ。もうすぐ私のことを理解してくれる友達と会えるのかもしれない。さっきまで緊張より楽しみな気持ちが勝っていたが、今は全て緊張に押しつぶされてしまっていた。
最初、どんな風に手を動かそう?
手の動きで、手話で、何を伝えよう?
私の保護者であるアサギさんという施設の人が入口に向かって歩き始める。私はその後をついて行く前に、車の窓で自分の身だしなみを確認した。
念入りに洗って艶を出てきた長い茶髪。引きこもり生活で伸ばしに伸ばし、ボサボサだったのをなんとか見栄えよくしようと手入れしてきたのだ。丸っぽい目を細めて、口角を上げてみる。自分で言うのもなんだが、そこそこ可愛いだろう。多分。
アサギさんの後ろを歩いて施設に入った時に、小さな子供たちとすれ違った。私も十二歳の子供だが、もっと小さな幼稚園児くらいの子たちだ。五人くらいいた。みんな友達なんだろう。また心臓が騒ぎ始めたので、深呼吸して緊張を落ち着かせることにした。
事務室のようなところに着いて、アサギさんはそのドアをノックした。出てきた女の人と何やら話をしている。おそらく私のことだ。挨拶するよう促されて、おじぎをしてから手話で“こんにちは”と言ってみた。ぎこちない挨拶だったが、にこやかに返してもらった。
その後、私とアサギさんと施設のおばちゃんの三人で廊下を歩いたり階段を登ったりした。私は事情を説明されていなかったが、例の子のところに向かっていることは直感で理解できた。案の定、ひとつのドアの前で立ち止まる。『双葉』と書かれた札がついていた。部屋の持ち主の名前だろう。おばちゃんがドアを開けて中に入り、私とアサギさんは外で待つ。やがておばちゃんが出てきて、私に入るよう言ってくれた。もちろん手話だ。
唾を飲み込もうと思ったけど、口の中はカラカラで飲み込むものがなかった。そういえば、唾を飲み込む時に「ゴクリ」って音が鳴るらしい。みんなは知っているらしいが、私はそれがどんなものかわからない。でも、今から会うフタバちゃんもわからないだろう。私と同じ。
そんなことを考えているうちに、私はドアノブを捻っていた。こうなれば思い切って引くのみだ。
今から、私は出会いの体験をする。なんて言うと、運命の赤い糸で結ばれた人と出会うみたいで、なんだかおかしくなった。
ドアは抵抗することなく私に引っ張られた。
白い部屋が姿を見せる。その中に、部屋と同じように白い肌の子が一人。真っ黒な短髪のボーイッシュな少女。美少女というよりは、美男子という言葉の方が似合う気がした。ヘッドホンをした頭のキリッとした目と、私の丸い目が見つめ合う。
“こんにちは はじめまして”
そう、手を動かした。
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