神様に、ちょっとお願いしてみたら

柚城佳歩

神様に、ちょっとお願いしてみたら

俺、平野和成ひらのかずなりには現在、片想いしている人がいる。


艶々と輝く長い黒髪に色白の肌、凛とした瞳は、何もかも見透かしてしまいそう。

手足はすらりと指の先までしなやかに伸びて、何気ない動作一つ取っても優雅さが感じられる。


時折、誰かを探しているのか、物憂げに窓の外を眺める姿はどこか神秘的で、近寄りがたいオーラのある高嶺の花。

眉目秀麗、才色兼備の言葉がよく似合う。


それが片想いの相手、結城ゆうきゆかりだった。




新学期。クラス替えした新しい教室に入って最初に目に飛び込んできたのが彼女だった。

一瞬、時が止まったかと思った。

辺りのざわめきが消え、真っ直ぐに目が引き寄せられる。

窓際の席に座り外を眺める横顔に、一目見た時から心を鷲掴みにされた。


脳裡に焼き付ける程に目で追いかけてしまうのに、擦れ違った時に挨拶するのが精一杯。

こんな事じゃいつまで経っても彼女とお近づきになんてなれるはずがない。


木々の緑が日増しに濃くなって、夏の気配が近付いてきた今日この頃。放課後、ついに俺は思い立って、ある場所へ行ってみる事にした。




俺の地元には、縁結びで有名な神社がある。

何でもそこでお参りすると、不思議と数日の間に意中の相手と何かしらの接点が出来るんだそうだ。

その噂は口コミで徐々に広がり、今では県外からも神社に訪れる人がいる程だ。


だが、俺が向かっているのはそこではなかった。

実はもう一つ、少し離れた場所にも神社があるのだ。


何十年も前は賑やかだっただろう境内も今はひっそりとしていて、風が落ち葉を吹き上げる音が静かに響く。

人の気配がない割りに、あまり廃れた感じがしないのは、誰か手入れしている人がいるんだろう。


俺がこちらの神社を選んだのは他でもない。

知ってる奴らに見られないようにだ。

普段、縁結び神社の話題に興味ない振りをしている俺がこんな所にいるなんて知られたら、絶対にからかわれるに決まってる。

だからあえて、皆が選ばなそうな方の神社を選んだのだ。


予想した通り、こちらの神社は閑散としていた。

辺りに人影がない事をもう一度確認すると、社の前に立つ。こういう時だけ神様に頼るのはどうかと思うが、僅かでも希望があるのなら縋りたい。


握り締めていた百円玉を、一度財布に仕舞う。

少し考えてから、改めて千円札を取り出すと賽銭箱に慎重に入れた。


確か、参拝の基本は二礼二拍手一礼だったな。

ここへ来る前にネットで調べた情報を思い出しながら、心の中で願い事をした。


神様、いるならどうか聞いてください。

俺には好きな人がいます。

でも情けないながら話し掛ける勇気が出ません。

だから何か近付けるキッカケを作ってください。

こんな俺の背中を押してください。

奮発したんだ!神様、どうかどうかご利益を!


願い終えた途端、ふわりと風が吹き抜けた。

と同時、すぐ近くから声が聞こえた。


「平野くん」

「は、はい…」


反射的に返事をしつつ振り返ると、目の前に昔の高貴な人が着ていそうな和服を着た女の子が立っていた。

艶のある黒髪に色白の肌、凛とした瞳にすらりと長い手足。神秘的な空気を纏い、ただ立っているだけで優雅さが窺えるその姿。

それは紛れもなく結城ゆかりその人だった。

まさかもうご利益が!?


「えっと、あの、その、俺は…」


急な事に、いつもと違う服装だとか、どうしてここにいるんだとか、そんな事は頭からすっかり吹っ飛んだ。挙動不審気味の俺を気にする素振りもなく、結城さんがにこやかに微笑みながら距離を詰める。


「願い事、確と聞き入れた」


初めて見る自然な笑顔に数秒思考が停止したが、またすぐにフル回転し、恥ずかしさが込み上げてくる。

まさかさっきのお願い、知らないうちに口に出してた!?

さっきまで確かに人はいなかったはず…。

それとも実はどこかに隠れていた?


いや、今はそんな事よりも。

これは折角訪れたチャンスだ。

今ここには俺と彼女の二人だけ。

告白するのに絶好の機会なのではないか。

数回深呼吸をしてから、勇気を振り絞って彼女へしっかりと向き直り、震える拳を握り締め、その瞳を見詰めた。


「あの、結城さん」

「はい」

「実は俺、春に初めて結城さんを見てから気になっていて、その、つまり…」


たった一言。

“好きです”の四文字が喉につっかえて出てこない。

頑張れ、俺。こんな機会もうないかもしれないんだぞ!


「俺と…、俺と…、友達になってください!」


肝心な所でへたれたー!

今すぐにでもやり直したくて後悔に悶える俺に、彼女の方から思いもよらぬ言葉が告げられた。


「そのように想ってくれていたとは、とても嬉しいぞ!友達などとは言わず、私に付き合ってはくれないか」


今、何が起きているんだ?

結城さんが俺と付き合いたいって言ったのか。

もしかして彼女も俺の事を…。

半ばパニックになりながらも、差し出された手をおずおずと握り返しながら、ふと違和感を覚える。


あれ、さっき彼女は確かに“付き合って”とは言ったが、私ではなく、私と言ったか?

ぐるぐると考える俺に構わず、結城さんは更なる爆弾を投下した。


「では早速、今後の事について話し合おうではないか」

「え、ちょっと待って。今後の事って…?」

「なんだ、そなたは私の真の姿に気付いて手伝いに名乗り出たのではないのか?」

「手伝い?何の?」

「それはもちろん、この神社の立て直しについてだ」

「立て直し?どうして、結城さんが」

「それは私がここに住まう神だからだよ」


は、神様…?

いやいやいや、さっき神頼みの願い事をした手前、信じてないとは言わないが、結城さんが神様な訳ないだろう。

だって普通に学校に通ってるし、今だって普通に俺と話してるし、手だって普通に触れたし。


「もしや信じていないのか?しかし簡単に真名を明かす訳にもいかぬしな…。そうだ、麿まろまる


結城さんが呼び掛けると、狛犬の像が白く光り、こちらへ向かって駆けてきた。

結城さんにじゃれつく姿はまるで普通の犬のようだったが、淡く光っている滑らかな白っぽい毛並みと、纏う空気がそうではないと告げている。


「こちらの麿眉の方が麿で、尻尾がくるりと丸まっているのが丸だ。私が留守の時、神社を守ってくれている」


結城さんの左右にしゃんと座った姿は確かによく見る狛犬その物で、振り返って見た台座には何も乗っていない。


「ほんとに、神様?でも、じゃあ何で普通に高校になんか通って…」

「手伝ってくれる人を探していたのだ。だが、わざわざ力を使って人の子らに混ざってはみたものの、神力を持った者などそうそうおらず、さてどうしようかと考えていてな」


いつも窓の外を眺めていたのは立て直しに協力してくれそうな人材を探していたからで、その表情が物憂げに見えたのはめぼしい人物が見付からなかったからだと言う。

人と違ったオーラを感じると思っていたのも気のせいなんかじゃなかったのか。


「しかし学生と言うのは思っていたよりも窮屈なものだな。テストというものも初めて受けたが、複数の教科の知識を満遍なく覚えると言うのはなかなかに大変だと感じた」

「でも結城さんはどの教科もほとんど満点だったでしょ」

「あぁ、あれは神通力を使ったのだ。皆の解答を参考にさせてもらった」


腰に手を当てけろっと宣っているが、それってつまり。


「カンニングじゃん!」

「失礼な。神の力をそのようなものと同一に並べるでない。私はあくまで自分の力を効率よく利用したに過ぎない。努力不足の苦し紛れと一緒にするな」


さいですか…。ちょっと変わった話し方とか、どうして狛犬が動くのかとか、そもそもその服装は何なんだとか、突っ込みたい所は諸々あるが、もう何も言うまい。


「さて、話を戻すが、以前はこの神木がパワースポットだ何だと賑わっていた時期もあったのだ。けれど、ここに人が来なくなって久しい」

「今は皆あっちの神社に流れてるからなぁ」

「隣の神社程とは言わないから、またこちらにも参拝者が来てくれたらと思う。…いや、あわよくばとは思うけれども」


神様と言うのはえらく正直だな。

話しているうちに、今まで感じていた近付きがたさはすっかり消えていた。


ゆくゆくはまたここで縁日を開きたいと語る結城さんの瞳はきらきらと輝いて、年相応の女の子に見える。

神様だとかは関係なく、俺も彼女の夢を応援したいと思った。


「神力云々よりも、やる気がある者の方が信頼出来るからな!これからよろしく頼むぞ」


にっこりと笑った結城さんが再び手を差し出してくる。


結城ゆかりさんに近付きたい。

そんな俺の願いは叶ったようにも思えるし、逆に遠ざかった気がしないでもない。

確かに妙な縁で繋がったが、まさか想いを寄せる相手が、願い事をした神社の神様本人(本柱ほんばしら?)だとは思いもしないだろう。


「うん、よろしく」


差し出された手をしっかりと握り返す。

俺の心は不思議と晴れ晴れとしていた。


俺と結城さんの関係も、神社の立て直しの行方も、これから先どうなるのか全く想像が付かない。


それこそまさに、神のみぞ知る。







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