-38度 とうそうのスエオ1

 スエオは宿を取り損ね、スラム街をさまよっていた。

 懲りずに襲ってくる連中からお小遣いをもらいつつ、小腹が減ったからと買った肉串一本で使い切った。

 追加で買おうにも他に屋台は見つからず、肉串を買った屋台ももういない。


「もー無理だべ!これ以上探してられないべ!

 落ち着かないけど、街の大通り沿いの宿屋ならあいつらも来ないと思うべ。」


 スエオはすっかり覚えてしまったスラム街から脱出し、人通りの多い──

 もとい、大通りへと出てきた。


「宿屋が……閉まってるべか……?」


 そこにあったのは厳重に戸締りされた宿屋。

 既に日は沈み真夜中、いくら王都でも閉まっているのが当たり前である。

 人の世に慣れていないスエオは、宿屋が夜中には閉まっている事を初めて知ったのだ。


「そっちにはいないと思うぜ?」


 再び肩を掴まれるスエオ。

 とっさに置いてあった看板を掴み、後ろへ──振り回せなかった。


「おいおい、それをどうしようってんだ。

 そう簡単に振り回せるものじゃないだろう?」


 今度は目だけではなく、顔も笑っていなかった。

 スエオはこれでも森で狩りをしていたオークである。

 いくら街中でも、夜更けの人の少ない時間帯に気配を見失うほど衰えてはいなかった。

 この説教男の正体は謎だが、スエオはそれと別に少し違和感を覚えていた。

 確かにこの看板は重いものだろう。

 持ち去りを防ぐ意味もあるからかもしれない。

 しかし、とは思わないからだ。


「おめえのせいで宿取り損ねたべ!責任を取るべ!」


 もう半分ヤケになったスエオは、全力で説教男を突き飛ばす。

 しかし男は軽くよろけただけで、吹っ飛んで岩にめり込んだりもしていない。

 


「……おめえ何者だべ?普通じゃない事は確かだべ。」


 スエオが警戒を続けながら距離を取り、説教男に問いかける。

 しかし、説教男から返ってきた言葉はスエオを混乱させるだけだった。


「お前こそ何者だ、この俺の鑑定や看破を使っても何一つ見えねえ。

 見えるのは胡散臭いおっさんって情報だけだ。

 なんだよ種族【うさんくさいけど普通のオッサン】って、明らかに普通じゃないだろ。」


 鑑定や看破というスキルや魔法は存在する。

 温泉で出会った師匠に教えてもらったのだが、スエオの姿を変える魔法だとばれてしまう可能性があるそうだ。

 そこで鑑定や看破対策として使うように言われたのがマジックアイテムである。

 彼は魔法の道具と言い直していたが。


 今回は明らかに魔法の道具が悪ふざけしている結果だろう。

 確かに師匠は言っていたのだ。

強いやつには効果の保証は出来ない』と。


「そ、それが見えるのは強いやつだけだべ。

 ……おめえ本当に何者なんだべ?」


 この魔法の道具の限界は魔力に依存する。

 作った師匠であれば無尽蔵の魔力でどんな鑑定や看破も誤魔化していただろう。

 しかし、いくらスエオでもそこまでの魔力は無かったようだ。

 と言うか一般人にならば数十人に囲まれても平気な上、料理魔法の同時使用も可能なスエオの魔力を食い尽くす、この説教男の鑑定や看破が異常なのだろう。


 この後、「お前何者だ」「お前こそ何者だ」のやり取りを無駄にしばらく繰り返すスエオ達であった。

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