-10度 老人介護のスエオ

 生成りの生地で出来たフードに貫頭衣と、腰に巻いた布。

 人にしては大きいその体に、村人は警戒を解かなかった。

 当たり前だろう、先程ギアテが連行したのは腰みののオークだったのだ。

 このフードの人物がオークなのではないか、それは誰もが思いつく事だった。


 一方、スエオは徐々にストレスが蓄積されていた。

 ろくに役立たなかった木札、全否定されるファッションセンス。

 村を追い出された事といい、世界がスエオを認めていないのではないかとさえ考え始めていた。


 スエオの思考は明後日の方向に加速する。

 これは世界を喰らう混沌を右手に封じている自分を、精神的に追い詰めて自ら封印を解き放たせる罠なのでは無いのだろうか。

 まさか邪神が村にいたスエオを発見し、村を出て苦労するように運命を操作しているのでは無いのだろうか。


 もちろんそんな存在自体がスエオの妄想であり、邪神がいたとしてもわざわざ豚を罠に嵌める必要があるのか謎である。


 しかし、スエオは燃えていた。

 邪神がこの封印を解こうとするのなら、全てを蹴散らしてやろうと。

 この美しい世界を愛し、世界を喰らう混沌の封印を護り続けようと。



「やっぱりバレバレか……」


 スエオが一人盛り上がっているが、ギアテは不審者オーラを隠せない状況に頭を抱えていた。

 今後自分がつきっきりにならなければいけない予感と、いつまでこのやっかいな豚が村にいるのか。

 そして今も謎の決意を秘めた顔をしているスエオから、不審者オーラが消える日は来るのだろうか。


 スエオは邪神の陰謀説を疑っているが、村人から不審な目で見られているだけの話である。

 正直話が進まない。

『こうしてスエオはクールにはなれなかったが、村人に受け入れられ幸せに暮らしましたとさ。』

 とか書いて終わらせるわけにはいかないだろうか。



 閑話休題。


 スエオはギアテに連れられて、狩猟ギルドへとたどり着いた。


 この世界には現在冒険者などという職業は無い。

 職業は特化細分化される傾向にあるもので、護衛や魔物駆除の戦闘系、調査や採取の技能系と分かれ、ギルドもくっついたり分かれたりを繰り返していた。

 魔物の駆除と素材の収集を行うのが、ここ狩人ギルドだ。


 思いっきり業務内容が被っている傭兵ギルドなどもあるが、今回は毛皮の売却なのでここに来たのだ。

 慣れたように買い取りカウンターへと向かうギアテの後ろをついて行きながら、キョロキョロと周りを見回すスエオ。


 木造の建物で中は横に広いものの、奥行きはあまりないようだ。

 正面のカウンターの横も仕切りがあり、そちらにも受付のような人がいる。

 小さな村だからか、仕切りの横はまた別のギルドのようだ。

 ギルドが集まっているからだろう、数こそ少ないが様々な格好の人がいた。

 全員スエオから素早く目を逸らすところは同じだったが。


「なんじゃこの毛皮は!」


 スエオが少し寂しく思っていると、前方から気になる声が聞こえてきた。


「なんか変だっただか?」


 ギアテの後ろから買い取りカウンターを覗き込むと、そこにはギアテより小さいドワーフらしきお爺さんが毛皮を引っ張っては眺めている。

 スエオは毛皮にケチを付けられるのではないか、買い取り価格が安くなってろくに買い物できなくなるのではないかと心配になり出した。


「な、何か悪いところでもあっただか?」


 不安そうにスエオがお爺さんに聞いてみると、お爺さんは目を見開き、血管が切れそうなほど興奮しながらまくし立てる。


「見ろ!この毛皮を!

 まるで見本のように綺麗に傷一つ無い立派な毛皮じゃ!

 生きているだけで細かい傷が付くはずじゃがそれすら無い。

 まるで動かないように固定して養殖したワイルドボアのようじゃが、その方法じゃこのような毛艶にはなるまい。

 額の三本の角まで毛皮に付いたまま綺麗に切り取られておるし、開き方も綺麗な直線で無駄なく腹開きにされておる。

 内側の脂肪も、毛皮に傷一つ付けず綺麗にこそぎ落とされておるようで、熟練の職人がやってもこう綺麗にはいくまい。

 しかも―――」



 爺さんの毛皮すげぇ談義は流れるように続き、気付いたら夜になっていたためギルドの簡易宿泊施設に止めて貰えることになった。

 さっきまで警戒だったり怯えだったりした人の目が、同情するような目だったのは爺さんのせいだろう。

 避けられるよりは良いかなとポジティブなスエオであった。


 ちなみにまだ買取は終わっていない。

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