-8度 被告人のスエオ

 自警団の団長はすぐさまスエオに駆け寄ると、木札を確認しつつ優しく助け起こす。

 ちょっとやさぐれかけていたスエオは差し伸べられた手に、先程の絶望も忘れて笑顔を見せた。


 自警団の団長がすぐさま助け起こしたのは、この豚と関わりを持つ貴族の怒りを買うことを恐れたからであり、決して優しさからではない。

 そんな嫌々手を差し伸べた豚が卑猥な笑みを浮かべたのだ。

 突き飛ばさなかった彼は、素晴らしい精神力の持ち主なのだろう。


「俺の名はギアテ、ギアテ・ホーン・ライスフィールドだ。

 キサマはなぜその木札を持っている?」


 自警団で唯一フルプレートを着るギアテは、ガントレットを付けたままの手を差し出した。


 身長はそこまで高くはないが、丸太のような太い手足はその力強さを物語っていた。

 角刈りで顔には傷もあり、正直真っ当な人間には見えないレベルのいかついオッサンである。


 しかしスエオにとっては救いの神も同然である。

 おくすることなくその手を握るスエオに、周りは逆に警戒を強めた。

 卑猥な笑顔でギアテの手を両手で握ったまま、嬉しそうに無邪気に上下に振るスエオ。

 周りはお尻に手を当て警戒を強めた。

 ギアテも冷や汗を流して引きつった顔をしている。


 別の意味で危険なのではないかと誤解された瞬間だった。


 とりあえず表だった害が無い以上、木札を持つ者を拒むわけにもいかず、自警団はスエオを村まで連れていかざるを得なかった。

 丸太が立っているだけの村の門をくぐり抜けると、村人達からの畏怖の目が突き刺さる。

 まだそんなに発展していないこの村は、掘っ立て小屋のような家が建ち並び、その裏にはこじんまりとした畑が広がっている。

 その中で比較的立派な木造の建物に連れて行かれると、そこは自警団の詰め所だった。


 取調室のような机と椅子があるだけの部屋に通されると、椅子を勧められ向かい側にはギアテが座る。


「なぜキサマはこの村に来たのだ?」


 お茶を部下に頼み、ギアテはスエオから話を聞くことにした。


「おでは村を追い出されて……」


 スエオがここまでの長いようで短い旅の話をすると、ギアテは呆れた顔で説明を始めた。


「ここはリリーランド王国の国境近く、ようやく村として認められた程度の開拓村、ミスリリーだ。

 近くの村からは魔物も出るし、過去に命を奪われた人も少なくは無い。

 そんな中、オークがやって来たのだから警戒するのは許して欲しい。」


 スエオはなるほどと納得した。

 スエオがいた村には時折冒険者が襲撃に来たこともある。

 スエオは特に気にしていなかったし、冒険者も生かしたまま帰されたが、女性の冒険者は特に怯えていたことを思い出す。


 実はスエオたちの村以外では女性が襲われる事は多々あり、村を襲って女性を攫うようなオークの村もあるらしい。

 人との間に子を作ると魔力の高い子が産まれやすいために行われるとの事。

 しかし、スエオたちの村はわざわざそんな事をしなかった為、危険度が低いと認知されていたようだ。


 これはおそらくスエオが月から魔力を集めていたため、あの村には魔力の流れが出来上がっていたからである。

 十年以上続けていたため、完全に流れの癖がついたあの村では、今後も人を襲う本能が目覚めることは無いだろう。

 しかし、そんな事は誰一人気付いておらず、スエオのいた村ではのんきに平和な日常が続いている。


「おでは世界を旅しつつ、くぅるな男になりたいだ。

 いろんな物を見て歩きてえから、旅するには人と仲良くするのが大事だと思ってるだーよ。」


 無害をアピールするスエオに、ギアテは心に突き刺さる一言を放つ。


「それならまず最初に、その変態にしか見えない民族衣装腰みのをやめることだ。」


 スエオはショックを受け、固まるとつぶやいた。


「猪の皮の切れ端で差し色のアクセントまで付けた、このお洒落な腰みのが変態にしか見えねえだか……」



 本人的にはくぅるな腰みのだったようだが、腰みのは所詮しょせん腰みのだった

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