-7度 不審者のスエオ

 スエオは槍を向けられ、数人に囲まれていた。

 またもやクールの欠片も無い半泣きの表情で、両手を上げてひざまずいていた。


「どうしてこうなっただーよ……」




 朝日で目を覚ましたスエオは火の始末すらせず、そばに置いていた毒の実と木札を毛皮に包み直すと歩き出した。

 顔にはよだれの後が残っているが、鏡が無いためスエオは気付いていない。


 道なりに進んでいくと、そろそろ昼休憩を取ろうかと思った頃に村らしき物が見えた。

 道の先には丸太が両脇に立てられており、そこから両側に木の柵が伸びている。

 簡素な木の柵は隙間だらけで、猫やネズミならすり抜けてしまうだろう。

 しかし、このあたりに出る狼や猪の魔物を塞ぐ役には立っていると思われる。


「やっと村さ着いただー!」


 両手を上げて喜んだスエオは、軽く小走りで村へと向かう。

 丸太の上には人が座っており、簡易的な物見やぐらの役割を果たしているのだろう。

 その見張りと目が合うと、スエオはニッコリ微笑んだ。


 そう、オークなので卑猥にしか見えない笑顔で。


 次の瞬間。見張りは慌てて丸太の横のロープを掴んで滑り降りると、村の中へと叫びながら走って行った。

 どうしたんだろうと後ろを振り返るスエオ。


 スエオ、後ろじゃない。お前だ。


 何の姿も見えない事を不思議に思い、首をかしげながら再び村の方に向き直る。

 ちょうど槍を持った男たちが飛び出してくるところだった。


「……あで?」


 さすがにスエオも二度目は何となく予想がついた。

 オークという事で、警戒されているのだろう。

 しかし!スエオには貰った木札があるのだ!

 これを見せれば村人も警戒を解き、暖かくスエオを受け入れてくれるだろう。


「おでは悪いオークじゃねえだ!

 さっき通りすがった人達に、証明の木札も貰っただよ!」


「なんだその木札ってのは!

 そんな物見たことも聞いたことも無いぞ!」


 世の中そんなに甘くなかったようだ。

 慌てたように毛皮から木札を取り出すと、村人に見えるように突き出す。

 しかし実はこの木札、身分が一定以上ある人の間でしか通じない物だったのだ。

 もちろん村長や自衛団の団長クラスなら知っているが、運悪くどちらもこの場にはいなかった。

 村長が魔物の前に出て来るわけがなく、自衛団の団長もまた人を集めて戦う準備中であった。

 ここにいるのは即応部隊、いわゆる本隊が来るまでの時間稼ぎである。


 運が良かったのか悪かったのか、時間稼ぎが目的の即応部隊は守り重視で、積極的に攻めようとはしなかった。

 木札が通じないと知ったスエオは両手を上げて跪き……

 冒頭の状況へと続くのであった。


「なんでオークってだけで、こんなに警戒されなきゃいけねえだ?

 おで、別に悪いことしでねえし、攻撃もしでねえし、ちゃんと人間とも話できるべ……」


 そしてスエオはいまだ気付いていない。

 オークの民族衣装腰みのは、人間から見たら不審者以外の何者でも無いということに。


「いかにも怪しいやつが何を言う!

 女を襲うことしか考えないオークに騙される訳がないだろう!」


 誰も信じないし、木札を確認するつもりすら無かった。

 スエオは木札が通じない事に絶望した。

 騙されたのだろうか、所詮オークは人間と仲良く出来ないのだろうか。

 あの助けた護衛たちは、自分を騙したのだろうか。

 少しずつ絶望と猜疑心さいぎしんにとらわれていくスエオ。


 そして、自警団の団長が駆けつけた時に見たものは。

 騎士と繋がりのある証拠である木札を掲げながら、小刻みに震えながら土下座のようにうずくまる豚の姿だった。

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