第2話 友人 麗美

 フッと目を覚ました少女は携帯電話で時刻を確認した。

「……十時…?夕飯食べてそのまま寝てたのか」

 部屋の明かりはいつものことながら消えている。少女はベッドから起きあがり、部屋を後にした。

「はぁ…シャワー浴びてゲームするか…」

 廊下に出ると、しんと静まり返っていた。いつもならこの時間でも誰かが起きていても不思議ではないのだが…

「珍しいな…二人とも寝ているのか…」

 耳をすませるが、聞こえてくるのは家電製品の微かな音だけだった。やはり両親は就寝しているのだろう。

「まぁ、いいか。別に用があるわけじゃないし」

 少女は真っ直ぐに浴室へと向かった。


「やっぱり、シャワー浴びてさっぱりするってことは、これは現実か」

 髪をタオルで乾かしながら、少女は携帯電話を弄り始めた。

「…暇だな、今日は何時まで起きていられるだろ…?」

 部屋に向かいながら携帯電話を弄る。画面には動画サイトに公開されているアニメがいくつか表示されている。

「…今日は、ゲームに集中するか…」

 画面を閉じ、自室へ入る。ゲームを起動しようしたその時、フッと頭をよぎった。

「今、何時だっけ…?」

 携帯電話の画面を見ると、そこには九時と表記されていた。

「九時…?あ、遅刻だ!」

 急いで服を着替え、鞄を手にとって部屋を出ると、母が慌てた様子で階段を登ってきた。

「沙織?!早くしないと遅刻するよ!」

「分かってる!行ってきます!」

 駆け足で階段を降りて行くと、玄関でクラスメイトの麗美が待っていた。その表情は不満そうだ。

「ちょっと、沙織!本当に遅刻しちゃうよ!」

「ごめん!ほんっとにごめん!急ごう!」


 学校に着くと、丁度チャイムが鳴った。

「嘘?!本当に遅刻?!」

「まだ間に合う!はず!」

「あくまでアンタの希望でしょ?!」

 麗美は膨れながらも一緒に走ってくれる。だがやはり手遅れだったようだ。

「二人とも、残念だけど遅刻だ」

「ですよね…」

 担任の先生が告げた。クラスのみんなは合唱の練習をしていたのか、三列ほどになって並んでいた。

「私は遅刻の報告をしてくるので、みんなは自主練習をしていてください」

 先生が出て行くと、クラスメイトの女子が数人近づいてきた。真ん中の彼女は女子グループのリーダー格だ。

「ちょっと、沙織!貴女のせいで練習が止まったじゃない!」

「あ、ごめん…」

「遅刻したんだから体育館に行きなさい」

「体育館…?」

 沙織が首をかしげると、キッと睨んでまた同じことを言った。

「体育館よ、早く行きなさいよ」

 仕方なく、教室を後にした。扉越しに笑い声が聞こえる。

「…そうだよね、みんな、僕のことが嫌いだもんね」

 沙織は少し寂しげな表情をしながらも、言われた通り体育館へと向かった。


 体育館に着くと、中ではボールの音が響いている。バスケットボールを行なっているのだろう。掛け声やドリブルの音が聞こえる。

「…こっちは楽しそうだなぁ」

 憂鬱な気分のまま、沙織は体育館の扉を開いた。中ではやはりバスケットボールが行われていた。仲の良い男子が数人、こちらに気づいて声をかけてくる。

「あれ、沙織じゃん」

「どうした?授業は?」

「サボリか?」

「なんか、女子のグループに体育館に行けって言われてさ」

 苦笑すると、男子たちはやれやれと苦笑を返してきた。

「暇だろ?バスケ見てくか?」

「そうだね、そうさせてもらうよ」

 体育館の端で三角座りで眺めていると、ウトウトとしてしまった。ボールの跳ねる音が、心地良く響いていた。


 気がつくと、いつの間にか授業は終わっており、麗美が沙織の肩を揺さぶっていた。

「あ、やっと起きた!もう、なんでこんな所で寝てるのよ!」

「麗美?あれ、寝てた?」

「まだ寝ぼけてるの?もうみんな教室にいるんだから、早く行くよ!」

 麗美が沙織の腕をグイッと引っ張り上げ、その勢いで立ち上がる。

「ほら、急ぐんだから、しっかりしてよ?!」

 そのまま麗美に腕を引かれて体育館を後にした沙織は、真っ直ぐ教室へと向かった。だがその時、まるで、上から自分たちを見ているかのような感覚に襲われた。このような事は初めてではないが、いつものように疑うしかない。

(これは現実…?それとも、夢…?)

 それで解決するならば、いくらでもする。だが今まで自問自答を繰り返して答えが出た事はない。

「まぁ、どっちでもいいか」

「なにブツブツ言ってんの?急ぐよ!」

「なんでもない!」

 麗美に腕を引かれながら、小走りに走って行くと、教室には沙織を追い出した女子以外が集まっていた。皆の表情はとても明るい。先ほどの嫌悪に満ちた空気ではなく、心の底から楽しんでいるような、気分のいい空気だ。

(心地いいなぁ…)


「……あれ、今、何してたっけ?」

 目の前の窓からは明るい日差しが差し込んでいる。立ったまま眠っていたのだろうか?だが記憶に靄がかかったように何も思い出せない。

「…夢でも見てたのかな。まぁいいか、ゲームしよ」


 --今日も少女は夢を見る。現実か夢かも分からぬまま。

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