第42話

「いちばん怖いのですか? いちばん怖いのは『人間』です。なぜならば、最近世間を騒がせているヒアリやスズメバチ、あるいは死のカタツムリといわれているアフリカマイマイ、さらには猛毒を持つヘビやサソリ。彼らは人間の生活をおびやかしたり死に至らしめたりするから恐怖感があるのですが、すべての人が彼らを実際に見たわけでもありません。新聞やテレビニュースでの報道で知らされるわけです。見たことがないのに怖いというのは、それってお化けや幽霊と同じだと思いませんか。でも彼らが幽霊と違うところは、実際に地球上に生存しているということです。だから予備知識としてインプットしておくことは必要なことだと思います。

 彼らが人間を攻撃するには、ちゃんとした彼らなりの理由があるのです。彼らが毒を吐いたり毒を刺したりするのは、自己防衛のためじゃないでしょうか。じゃあなぜ自己防衛のためにそこまでするのか――それは生命維持、種の継続のためだと思います。それがあったからこそ彼らは、何百年、何千年、何万年も行き延びてこられたわけです。

 でも人間は違います。人間は、種の危機とか生命の危機ではなく自己保身――つまり社会的地位あるいは金への執着のために人を襲ったり殺したりするのです。その証拠に、頻繁に強盗殺人が起きたり、殺人の動機を訊いたら、『誰でもいいから人を殺したかった』と平然とした顔で答えるわけです。日々生活している上で、これほど畏怖を感じることはないのではないでしょうか。あなたいままではそう感じたことはないですか?」

 俊一は、質問したスポーツ紙の記者を手のひらで指しながら訊ねた。

「……」

 記者は思いを巡らせているのか、すぐに答えることが出来なかった。

「なければないに越したことはありません。それはとても幸運な人生だと思います。まあ、繰り返しになりますが、いま私がいちばん怖いのは、やはり『人間』です」

 俊一が話し終わった瞬間、会場は一瞬誰もいないと思うほど静寂に包まれた。

 そして総務課の伊藤課長の幕引きで記者会見は終了した。

 場内は帰り支度をはじめる記者たちで騒々しくなったが、俊一はしばらくじっとそのまま椅子に坐っていた。


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