第41話

 次の日の朝から俊一は大変なことになった。

 例の事件について、これまで警察は被害者――つまり俊一のプライベートを考慮して、拉致者がいたことを公にしなかった。ところがどこのテレビ局かわからないが、拉致者がいたことを聞きつけ、警察は隠ぺいし切れなくなり、やむなく発表することになった。

 出社を待ち構えた報道陣が俊一の顔を見るなり、餌を見つけたハイエナのように群がったのだ。これまでそんな経験をしたことのない俊一は、逃げるようにして自社ビルのエントランスに逃げ込んだ。しかしメディアはそれぐらいのことで諦めない。

 結局は警備員からの連絡で会社と相談し、記者会見を開くことになった。それにはやむを得ないということもあったが、今後の販売部数にも結びつけようという会社側の魂胆も見え隠れしているのも事実だった。

 業務に差し支えてはいけないので、総務課と俊一との話し合い、会見時間は明日の午前十時、場所は本社四階大会議室と決まった。

―――

 俊一は朝十時丁度に緊張した面持ちでテーブルに着いた。昨今世間を賑わせているような大袈裟な会見ではなかったが、それでも二十社以上は顔を揃えていた。

もちろん直属の上司である槇田と櫻子も部屋の隅で拱手しながら会場の様子を覗っている。

 少し遅れて会見がはじまった。一礼をしてから事件の概要を説明する。といっても、すでに新聞、テレビ等で報道されている内容に多少の実体験を加味した程度の話に抑えた。

 それが十分ほどですむと、次に会見進行役の総務課・伊藤課長がマイク片手に各社の質問を促す。待ち構えていた各社の記者が一斉に挙手をする。そんななか真っ先に指名されたのが、Fテレビの情報番組のレポーターだった。画面でよく観る顔だ。

「園山さん、拉致された時、身の危険を感じましたか?」

 会社名と担当番組の名乗ったあと質問した。

「はい。でもそれはしばらくしてからです。薬のようなものを飲まされて朦朧としていたので、その瞬間は別に感じませんでした」

「いつ頃気づいたのでしょう?」

 他社のレポーターが訊く。

「僕が恐怖を感じたのは、鉄格子の部屋に入れられて目隠しを外された瞬間です」

「騙されて藤沢の施設に連れて行かれたということでしょうか?」

 次の質問者は全国紙の記者だった。

「事件の発端は、騙されたといえばそうないですが、あの施設に行ったのは騙されて行ったのではなく、間違いなく拉致です」

 俊一は背筋を伸ばして毅然とした顔で答えた。

「あのバーでアルコールを飲んだあと記憶を失ったから覚えてない、ということでしょうか?」

 同じ記者の質問が続く。

「そうです。私は店と連絡をとって、来店するようにいわれたので行きました。飲み物の種類は私が決めたのではなく、店にお任せしました。そして出された水割りを飲んでしばらくしたら記憶を失ってしまったのです」

「その後は向こうに着くまでまったく意識がなかったのですか?」

 記者は続ける。

「そうです。どれくらいの時間そうなっていたのかいまでも判然としません。車の振動で気づいたのですが、その時は手足を縛られ、目隠しと猿ぐつわでまったく自分がどんな状況に置かれているのかわかりませんでした」

 俊一は質問した記者のほうに視線を向けて答えた。

「園山さんは、貴社発行の週間誌のミステリー記事を担当されてると聞きましたが、ご自身はこの世で何がいちばん怖いとお思いでしょうか?」

 今度はスポーツ紙の記者がマイクを手にした。

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