第40話

 高級牛肉をたらふく食べた櫻子は、ビールで口のなかの脂を流し込むと、ビールジョッキを置きながら俊一に訊いた。

「でも、あの檻に入れられた時は怖かったんじゃないの?」

「いえ、目隠しされてたのでその時は状況が把握出来なかったんですが、目隠しを外されて檻の扉に鍵をかけられた瞬間に発狂しそうになりました。僕はあまり狭いとこが好きじゃないので……」

 俊一は慌てて口のなかの肉を飲み込んで答えた。

「自分がどうなるのかわからないと、その恐怖心は半端ないわよね」

「そうです。だってもう自分のちからでは外に出ることが出来ないですから、そりゃあ不安と恐怖で気が狂いそうになりました」

「正直なところ、こんな仕事もう嫌になったんじゃないの」

 櫻子はこれから先のこともあって、どうしても訊いておきたかった。

「そんなことはありません。逆にもう少し人間の恐怖心について調べたくなりました」

「恐怖心?」

「ええ、そうです」

 俊一はまだ食べたりないのか、残った肉を網に載せている。

「いま僕たちがやってる企画のミステリーという言葉なんですが、辞書なんかでは神秘、不思議、不可解、オカルト、それから怪奇という意味であることが書かれてますが、一般的には怪奇とか恐怖というふうに捉えられていると思うんです」

「まあ、そうね」

「これまでのシリーズでいうと、ラブホテルの記事なんかは不可解の要素が多いんですが、櫻子さんの書いたトンネルなんかは恐怖の部類に入ると思うんです。僕の経験したのはまさしく恐怖以外の何ものでもありません。人間ってどうして恐怖を好むんでしょうか」

「俗にいう怖いもの見たさというやつかしら」

「それは、ちょっと難しい話しになるけど、恐怖とひと言でいっても様々な種類の恐怖があって、そのなかに『対抗恐怖』という言葉がある。それは、人間は恐怖に打ち勝つために恐怖に対峙して、そして恐怖を乗り越えようという心理が働くことらしい。そういう心理によって興味が湧いたり、あえてそれを克服しようとするらしい」

 二本目の煙草に火を点けた槇原が横から口を挟んだ。

「でもデスク、良くご存知ですね」と櫻子。

「いや、正直なところ、これまでそんなこと考えても見なかったんだけど、今回俊一が稀有な体験――いや事件に巻き込まれてしまったことでちょっと調べてみようと思ったんだよ」

「すいません」

 俊一がぺこりと頭を下げた。

「おい、おい、何もお前が謝ることはない。謝らなきゃならんのはこっちだ。幾ら仕事とはいえ、危険な目に遭わせたのはこの俺に重大な責任がある」

 槇原は俊一を正面に見ていった。

 それを聞いた櫻子は、ひとりで乗り込ませた自分にも責任のあることわかっているので、どう振舞ったらいいのか悩んだ。

「いえ、そんなこと……」

 俊一は顔の前で手のひらを左右に振りながらいった。

「これからもこのシリーズは続ける予定だけど、くれぐれも注意をして欲しい。俊一だけじゃなくて、櫻子もな」

「はい、これからは慎重に取材行動をするように気をつけます」

 焼肉に満足した三人は、その後すぐ近くのカラオケ店に向かった

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