第36話
そこに向かったふたりは、そのドアの前に佇み、櫻子ペン型ライトのスイッチを捻ると同時に槇原がドアノブに手をかけた。
その瞬間ドアが勝手に開いた。槇原は愕いて一歩後ずさりをする。さらにドアが大きく開かれると、なかから男がふたり現れた。愕いたのは槇原ばかりではなかった。男ふたりも幽霊にでも遭遇したような顔になって、槇原を突き飛ばすようにして闇のなかに走り出した。咄嗟に櫻子はライトを男たちに向ける。
しかし男たちはがむしゃらに走り出し、しばらくして排気音の遠ざかる音が聞こえた。
「俊一は間違いなくここにいる」
槇原は確信のある言い方をした。
「警察に連絡しますか?」
櫻子の声は震えが入っていた。
「いや、ちょっと待て。あいつらが人の顔を見て逃げ出したということは、まともではないことに間違いないが、俊一がどうかかわっているかまるで見当がつかない。だから、この目で確かめてからしよう」
槇原はこのドアの先がどうなっているのか、何が待ち構えているのか知る由もなかった。が、万が一部下が事件に巻き込まれようとしているなら、躰を張ってでも助け出さなければならないという擁護感でいっぱいだった。
深く息を吸い込んだあと、意を決するようにしてドアノブを回した。目に跳び込んで来たのは、普段あまり目にしたことのないライトブルーの光りだった。
すぐ先に地下に降りる階段になっているのが薄っすらと見える。
槇原は櫻子のライトを受け取ると、足元ではなく後ろを歩く櫻子の足元を照らすようにした。櫻子を気遣ったのではなく、前方から認められるのを避けたのだ。
ゆっくり慎重に階段を降り切ると薄い光りのなかに、三つの格子部屋とフラッシュパネルで塞がれた部屋がふたつ、合計五つの部屋が並んでいた。
それが目に入った瞬間、槇原は不吉な想いが脳裏を過ぎり、スムースに足が前に出なくなってしまった。
格子の部屋を見た瞬間監獄を、そして次にある物を連想した。そのある物というのは、猛獣を飼育する檻だった。ひょっとすると牙をむいた猛獣が、この部屋のどこかで自分たちに狙いを定めているかも知れないと戦慄が走るのは当然だった。
三つある格子の部屋の真ん中を除いて両側のふたつの部屋の扉は半開きになっていた。ひょっとして檻のなかで飼育されていた生き物が逃げ出した可能性もなくはない。
槇原は手にしたライトを自分の前に戻し、ゆっくり床面を照らしてゆく。小さなペンライトだが、薄暗い空間では絶大な効果を発揮した。それだからあまり刺激しないように慎重になった。
静まり返った部屋に聞えるのは、自分たちの衣服の擦れる音と、床が発する微かな跫音だけだった。
槇原がゆっくりと足を出したその時、真ん中の格子の向こうから嗚咽のようなものが聞えた気がした。人間の声なのか動物の声なのかわからないまま格子に近寄り、ゆっくりライトを檻の奥に向けた。
そこに槇原が見た物は、こちらに背中を向けた若い男の寝姿だった。
「俊一!」
櫻子が槇原の背中越しに叫んだ。
その声に反応してかゆっくりと躰をこちらに向けたその顔は、わずか二、三日の間に人間の顔と思えないくらい頬の肉がげっそりと落ちてしまった俊一に間違いなかった。
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