第35話 10
「あと一キロくらいです」
櫻子はスマホの画面を覗きながらいう。
「そうか」
短くいった槇原は、忙しく動くワイパーの間から前方のカーブに集中する。
櫻子は、俊一のアパートから持ち帰ったノートパソコンとアドレス、パスワードの記されたメモを持ち帰った。それには俊一の居場所を探査する有力な手掛かりがあったのだ。
櫻子はメモを見た時、スマホを紛失した場合に探知するアドレスとパスワードと直感した。そして探査ソフトで条件を打ち込むと、すぐに俊一の居場所がわかった。
そこまではよかったのだが、映し出されたマップを見て愕然とした。そこに表示された場所というのが、神奈川県の湘南だったのだ。
しかし確認しないわけにもいかず、上司の槇原デスクに詳細を話し、いまふたりでマップが表示する湘南に向かっているのだ。
日曜日の新湘南バイパスのこの時間は、上りは混んでいるが、下りはそれほどでもなく、ふたりの乗った車は国道1号線を走り、藤沢バイパスの城南という交差点を右折して、スマホに表示された場所にひたすら向かっている。
ヘッドライトの光、その上小雨が降るという悪条件ではあるが、先ほどまで多く見えていた住宅が疎らになりはじめた。寂しくなりはじめた道路をスピードを落としながら走る。
(どうしてこんな場所に……)
櫻子は合点がいかなかった。ハンドルを握る槇原も同じことを感じたに違いない。
車が左にカーブし、しばらく走った頃、急に櫻子が大きな声を出した。
「デスク、このあたりです」
路肩に車を寄せると、槇原は櫻子の手にあるスマホを取り上げてはじまりかけた老眼の目で確認をする。
「そうだな。でも迂闊に動くなよ、状況が把握出来てないから」
「はい」
ふたりは同時に車から降りると、小降りになった道路に立った。そして目を合わせたあと、ゆっくりと歩きはじめる。もちろん櫻子はスマホを手にしている。
スマホに案内され、緩やかな坂道に差しかかった時、左に少し広くなった場所があり、そこに白いワゴン車が一台停められてあった。
もうここまで来たら疑う余地はない。ふたりは顔を見合わせたあと、そっとワゴン車に近づきなかを覗き込んだ。槇原はドアの取っ手に手をかけたが、ロックされていてなかを調べることが出来なかった。すると、櫻子がスマホを触り出し、しばらくすると車内でスマホの液晶画面が明滅しているのと同時に低く振動している音が聞こえはじめた。俊一のスマホはこの白いワゴン車のなかにあったのだ。
「間違いないです」
櫻子のひと言で槇原の顔色が変わった。
「よし、行こう。くれぐれも用心するように」
櫻子はショルダーバッグからペン型ライトを取り出した。だがまだ点灯はしない。どこで誰が見ているかわからないからだ。
十メートルも歩いただろうか、そこに周囲とは少し違った建物があった。
コンクリート造の二階建てで、玄関は階段を数段昇ったところにあり、その手前に腰高の門もある。どこにでもあるような住宅だった。ところが、誰も住んでいる様子がない。建物の周囲には外灯ひとつ点いていなかった。
玄関の横手のほうに車が二台ほど入るガレージがあり、そのすぐ横に鉄製のドアがあった。
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