第31話

 ここからは確認することが出来ないが、どうやら両側に同じような部屋があるようだ。時折微かな呻き声が聞こえて来るような気がする。幻聴ではなさそうだ。

 一体何のために連れて来られたのだろう――いま考えられるのは、ジャーナリストという身分が判明したため、面倒なことになるのを避けたということか。しかし、そうだとしたら表向きをバーということにして、じつは裏で反社会的な活動をしているとしか考えられない。

 仮にそうだったとしたら、綾香ちゃんのお父さんはどう結びつくのだろうか――そんなことを考えているうちに、深い沈黙の世界に引き込まれて行った。

 物音で目を覚ました。だが、明かりがないために時間の感覚がない。ベッドから半身を起こして鉄格子を見る。すると、飯代わりのつもりなのか、ミネラルウォーターとビニール袋に入った菓子パンが置かれてあった。

 空腹ではあったがパンを口にするのは止め、封の切ってないミネラルウォーターだけ飲んだ。少し気持ちが楽になった俊一は、大きな声で誰かを呼ぼうとしたが、どうせここに来た時と同じように、誰の返事する者はいないだろう、と無駄な体力を使わないようにした。

 腕枕をしてベッドに躰を投げ出していた時のことである。廊下の端のほうから話し声が聞こえて来た。最初は空耳なのだろうと思ったのだが、その話す声が聞き覚えのある声だった。

「それはないでしょ」

「嫌なのか? 三十万も貰えりゃ御の字だろ?」

 耳を澄ませてよおく聞くと、ふたり共聞いたことのある声だ。

「だって、この前もう少し上乗せしてくれるっていってたじゃないですか」

 不貞腐れた物言いだ。

「確かにそうはいったが、最近情勢が急に悪くなって、これでも多いほうだ。文句があるなら直接ボスに話しな。オレはいわれて渡してるだけだから」

 どうやら金のことで揉めているようだ。

「わかりました。でも今度はちゃんと上乗せして下さいよ」

「ああ、ボスにそう伝えておくから、今回は我慢しな」

「はい」

 そう渋々返事したのは、ほかでもない沼田高次だった。そして金を渡したのは、バーにいた黒服に間違いなかった。

 その後ふつりと会話が聞えなくなった。

(――ということは、これまでの経緯からすると、僕をここに連れて来るようにしたのは、あいつだったのか)

 俊一は考えるだけではらわたが沸々と煮えくり返った。だがこんなライトブルーの薄暗い部屋に、それもしっかりと鍵のかけられた部屋に閉じ込められてしまってはどうすることも出来ない。自分はこのままどうなってしまうのか、それを考えると背筋が寒くなるのを覚えた。

(何とかここから出られる方法はないだろうか)

 俊一ははたと思いつき、尻のポケットに手を遣る。ところが俊一が探している物は見つからなかった。いつも尻のポケットに入れているスマホがなかったのだ。

 あの日満タンに充電してアパートを出た。それからラフレシアナに行くまでに、何かあるといけないと思い会社でもう一度充電をした。そして店に入る前に時間を見るためにポケットから出した。だから、そこまでは携帯していたことは間違いない。

 だとすると、バーのソファーに落としたか、あるいはここに搬ばれる車のなかしかない。一縷の望みを抱いて、ベッドやその周囲を探してみたが、徒労に終わった。

 諦めてミネラルウォーターにボトルに口をつけた時、急に廊下が騒がしくなった。少しでも状況を知りたいと思った俊一は、鉄格子に顔をつけて必死で部屋の外を覗こうとする。

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