第28話  9

 俊一はドアの下に入れたメモのなくなっていたあの日、会社に戻っていつものように櫻子を手伝い、それがすむと自分の下調べに取り掛かっていた。

 夕方近くになって、スマホに公衆電話から電話が入った。俊一は何の躊躇もなくその電話に出た。

「ラフレシアナの者です」若い男の声だった。

「はあ」

 俊一は突然のことに驚きを隠せなかった。

「昨日、店にメモを残された園山さまでしょうか?」

 男の声は、ことのほか落ち着いている。

「はい。知人からお宅のお店のお話を聞いて、入ってみたいと思ったのですが、入り口に会員制とあったので、どう手続きをしたらいいのかなと思いまして……」

 俊一は作り話を交えてメモを差し込んだ経緯を話した。

「はい、おっしゃるとおりうちの店は会員制となっておりまして、どなたか会員さまの紹介がございませんと、入店はお断りいたしております」

 男は慇懃に店のルールを説明する。

「そうなんですか。やっぱり紹介がないとだめですよね」

 俊一は男と話をしている間に、益々興味が湧いて来た。

「生憎、そういうルールとなっておりますので……」

「そこを何とか……」

 ここまで来たら喰い下がるよりないと思った俊一は、記者として培った粘りを見せる。

「でもですね――、じゃあ少し待ってくれますか? 責任者と相談してみますから。またしばらくしてこちらから電話しますので、もし連絡がなかったら無理だとご理解下さい。念のため」

 電話は一方的に切れた。スマホを切った俊一は通話履歴を確認する。やはり公衆電話からなので、こちらからの連絡は不可能なことを合点した。

 男の毅然とした口調に半ば諦めていた俊一だったが、一時間ほどして電話がかかった。同じく公衆電話だった。急いで通話ボタンをタップする。

「園山さまでいらっしゃいますか?」

 相変わらず丁寧な話し方だ。

「はい」

 この先の言葉を想像すると胸が鳴った。

「先ほど手前どもの責任者に園山さまのお話を伝えましたところ、『それほどまでにうちの店を気に入っていただけるのであれば、本来の仕来りを取り除いて、特別に会員にさせていただきます』、とのことでしたので、もしご都合がよろしければ今晩店のほうにお越しいただけますでしょうか?」

「わかりました」

 俊一は二つ返事で行くことに決めた。

 その時、俊一はミスを犯した。いつもは櫻子に何かにつけて経過を報告するようにしていたのに、偶々車内に姿が見あたらなかったために、ラフレシアナに行くことを伝えなかった。

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