第23話

「そうだったんだ。ということは、その後あの店はバーを辞めてしまったということになるのかな」

「それは俺にはわからないけど、これからその店に行ってみればわかるんじゃね」

 沼田はそういって椅子から立ち上がると、支払いカウンターに向かった。

「ちょっと、ちょっと。沼田くん、支払いは僕がするから」

 俊一は躓くようにしながら沼田を追った。

「いいんだよ。給料ももらったばかりだし、この前もおごってもらったから、きょうはオレが払う番だ」

「無理しなくていいって。領収書さえあれば会社が払ってくれるから」

「いいって」

 沼田は俊一に耳を貸そうともせず、尻のポケットから二つ折りの財布を取り出した。


 店を出たふたりは、まともな会話もなく、バーのある方角に向かって歩き出した。

 湿気を含んだ生温い風が、思い出したように押し寄せて来る。少しずつネオンの放つ明かりが闇に遠ざけられてゆく。

 沼田は店で吸うことが出来なかったため、腹いせのように煙草を立て続けに二本吸った。煙が少し後ろを歩く俊一の顔面に纏わりつく。

 まだ俊一は完全に沼田のことを信じたわけではない。はっきりとはいえないが、何か釈然としないものが胸の片隅にあった。

 例の四つ辻にやって来た。店の下までやって来たふたりは、おもむろに顔を上げて店に目を向ける。看板の灯りは点っていた。どうやら店はやっているらしい。

 すると、沼田は突然踵を返して店の前から離れはじめる。訝しく思いながら俊一は、沼田のあとを追った。

二十メートルくらい歩いた時、つと沼田は立ち止まり、黒いミニバンを指差した。一瞬意味がわからなかったが、その黒のミニバンは見覚えのあるものだった。間違いなく沼田の車だ。

「えッ! 沼田くん車で来てたの?」

「そう」

「だって、さっきビール飲んじゃったじゃん」

 俊一は、ありえないといった顔でいう。

「たった二杯だし、運転しなきゃ問題ないじゃん」

 平然とした顔で車のドアを開ける。

「さあ、乗りなよ。ここならあそこのバーの入り口が見える。ひょっとしたら長丁場になるかもしれないから、ここに坐って監視すればいいよ」

 沼田は助手席を指差した。

 俊一はやや抵抗があったものの、車を移動させなければいいと思い、沼田のいうとおりにした。

 知られないようにエンジンは切ったままだから、狭い車内には徐々に熱が籠りはじめる。ドアウインドーを半分ほど開ける。嫌な温みが腕に絡みついた。

 それでも一時間ほど階段を見続けただろうか、誰一人として階段を昇った者はいなかった。

「だめかなァ」

 沼田は呟くようにいった。

「この前から何度もこの店を偵察してるんだけど、いままで一度も人の姿を見たことがないんだ。本当に店として機能してるのだろうか」

 俊一は小さな声で話す。

「こうなったら、体当たりで調べるよりないでしょ」

 いい終わるか終わらないうちに、沼田はドアを開けていた。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。勝手に行動しないでくれよ」

 聞えているのかいないのか、沼田はずんずん進んで行く。

 階段の下まで来た時、

「来るか来ないかわからない客を待ってても仕方がない。それに、ここに入ったところを見届けたとしても、おそらく何もならない。だったらこっちから行くしかないじゃん」

 沼田は階段の上に向かって指差した。

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