第24話

 確かに沼田のいうことは間違ってない。この階段を昇る人影を認めたとしても、この店に入ることが出来なくはないということがわかるだけで、それ以上のことはない。

「行こう」

 沼田は先になって階段を昇りはじめた。回りに二人の階段を昇る靴音が響いている。

 階段を昇り切ると、はやりガラスのプレートには小さなライトが当たっている。しばらく様子を窺っていた沼田は、重厚な木製のドアの取っ手を掴み、腕を曲げようとした。だが、ドアは一ミリも動かない。今度は押してみた。やはりびくともしなかった。それを何度も繰り返してみたが、やはりドアはまったく知らん顔をしていた。

 次に沼田は、現場で鍛えた大きな拳で頑丈なドアを三回叩いた。そしてなかからの反応をしばらく待った。

 傍で沼田の行動をつぶさに見ていた俊一は、沼田の度胸の良さに脱帽した。取材という仕事でありながら、とても自分には出来ないと思った。

「やっぱだめか」洩らした沼田は、天井部分にある監視カメラに目を向ける。そして、大きく手を振ってみる。しばらく待ったがやはり同じだった。

「何とかここの会員になる方法はないものだろうか。そうすれば綾香ちゃんのお父さんのことも何か手掛かりが掴めるかもしれない」

 俊一は沼田の顔を見る。

「じゃあ、こうしよう」

 顎に手を当てながら何か考えていた沼田は何かが閃いたのか、目を大きく見開いた。

「何かメモ用紙はない?」

「これでいいか?」

 俊一は手帳を差し出しながらいった。

「ああ、これでいい。一枚破いて園山さんの連絡先を書いて、ドアの下に差し入れよう。誰か出入りしていればきっとこのメモに気づくに違いない」

「なるほど」

 俊一は急いで『ぜひこのお店の会員になりたいので、会員になる方法をお教え下さい』という文章と自分の名前、そして肝心なスマホの電話番号を記し、ドアの下に滑り込ませた。その時、一センチだけドアの外から見えるようにした。

 鉄骨階段を降りながら沼田の背中を見ながら思った。きょう一日の沼田の挙措を見ていて、こんなに強い見方はない、これまで彼を色メガネで見ていたことを深く反省した。

 ミニバンに戻った沼田は、送って行くと俊一にいったが、万が一飲酒で検問に掴まったら大変なことになる。沼田は、オレが飲んでることを知らなかったと惚ければいいといったが、丁重に断って別れた。


 一旦会社に戻ろうとした俊一だったが、どっと疲れが押し寄せたため、そのまま板橋のアパートに帰った。

 それでも次の朝いつもより早めに目が覚めた。俊一は櫻子に、確かめたいことがあるので、現場に行ってから出社します、とLINEを送ったあとアパートを出た。

 俊一にはどうしても確かめたいことがあった。それは、昨晩沼田と書いたメモの存在だった。誰かが出入りしていればメモはなくなっているだろうし、ドアが開閉されてなかったらあのメモはそのままになっているはずだ。それが確認出来るように一センチだけメモを見えるように置いたのだ。

 電車に乗っている間中俊一の頭にはメモを置いた時の映像が映り込み、それが膠着したまま三軒茶屋の駅に着いた。

 駅の階段をひとつ飛びで駆け上がり、急ぎ足で現地に向かった。途中あたりまで来た時、ふと不安が過ぎった。はやる気持ちでやっては来たが、果たしてこんな朝早くに結果が得られるのだろうかと。

 しかし今更そんなことを考えたところで仕方がない、と自分に言い聞かせて歩を進めた

 鉄骨階段の下まで来ると、数年前に味わった大学受験の合格発表を見るような胸の高鳴りを覚えるのだった。

 大きく深呼吸をした俊一は、ゆっくりと階段を昇った。昇り切る手前で監視カメラを確認する。

作動を知らせる赤ランプは点いたままだった。この時間でも作動しているということは、おそらく終日作動しているのかもしれない。

俊一は神経を集中させてドアの下部を見る。すると、昨日差し込んだメモはなくなっていた。ひょっとして風か何かのせいで飛ばされたのかもしれないと疑ったが、十センチも挿入したのだからそれはないと考え、入念に周囲を見回したがそれらしきものも見当たらず、回収されたことを信じて会社に向かった。

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