第21話 7
「そっちはどうなの? 順調に情報収集は出来てるの?」
櫻子は会議室のテーブルを爪先で叩きながら訊ねる。
「ええ、三、四日連続であの路地の居酒屋に通って、常連のおじさんたちにあの近辺の情報を貰ったんですけど、誰もがそれらしき店を知らないっていうんです。あの居酒屋のオヤジさんも。そうだとしたらあの店は何なんでしょう? 確かに『ラフレシアナ』と看板に書いてありました。でも、僕はその店がバーかどうかはなかに入って確かめたわけじゃないんでわかりません。
しかし、情報をくれた沼田くんは、『おかしなバー』といってました。でも、その話もちょっとおかしいんです。彼の話では、『ひと月ほど前にそのバーに入って行く綾香の父親を目撃した』と知り合いから情報が入った、といいました。その知人はそこがバーだといい切っています。どうしてそういったのでしょう? 総合的に考えると、あの沼田くんの情報はガセじゃなかったんでしょうか」
俊一は右の手を強く握りながらいった。
「あんたのいうことも一理ある。でも、なんで沼田くんがガセを入れなきゃなんないのよ?」
「遊ぶ金欲しさに作り話をしたんじゃないですか」
「それはおかしいわ。だって報酬は成功報酬だから、ちゃんとした記事にならないとお金にはならないのよ」
櫻子は、今度は指先で何度もテーブルを叩く。
「それはそうですけど……。そうなると、もう一度沼田くんと会って詳しい話しを訊くか、あの店に侵入して事実確認をするしかないです。」
俊一はジャーナリスト魂に火が点いたような険しい顔をする。
「取材は必要だけど、この前もいったように、充分気をつけるのよ。何かあったら困るからね。でも、このネタ考えようによっちゃあ、面白い記事に化けるかもしれないわ、そんな気がするの」
櫻子は机の上に散らかった資料を集めはじめた。
「そうそう、忘れてました」
「なに?」
「これです」
俊一は手提げカバンのなかから小さな紙袋を取り出して櫻子に見せた。
「なに?」
櫻子は、もう一度訊きながら遠慮がちに手を伸ばす。
「この前下見に行った時、小さな雑貨屋あったでしょ? あそこにいって例のバーの聞き込みをしようとしたんです。でもただで訊くのもあれだと思ったので、これ買ったんです」
俊一は少しはにかむようにいった。
「なんだろ」櫻子は紙袋の封を開けた。「ああ、可愛い財布。いいのこれ?」
「どうぞ、櫻子さんにあげるために買ったんですから」
「ありがと。大切に使わしてもらうわ」
櫻子は食事の時と飲んでいる時以外見せたことのない顔で礼をいった。
俊一が自席に戻った時だった、スマホにメールが入って来た。沼田高次からだった。
《 沼田です。
三茶のバーですけど、あれ以来何か進展はありますか?
もし、足踏み状態だったら、俺仕事すんでからだったら園山さんを手伝います。
一日でも早く綾香のオヤジさんを探してやりたいですから。
いつでもいいですから連絡下さい 》
俊一は、メールを二度読み直してから櫻子に見せた。
「ほらね、彼は嘘ついてなかった。嘘ついてる人間が一緒に調査するなんていわないでしょ。どっちにしてもいいチャンスだから、早速コンタクトを取りなさい」
「はあ」
俊一は気のない返事をする。まだ信用していなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます