第19話
次の日も調べ物と櫻子の手伝いをしたあと、昨日とほぼ同じ時間に三茶に向かった。
まずは例のバーの近くに行き、ルーティーンでもあるかのようにあたりを歩き回る。異常のないことを確かめるとなぜか気が休まり、次の行動に移ることができた。
「のんき」には行かずに、もう一軒の雑貨店で聞き込みをすることにした。ひょっとしたら何かいい情報を得られるかもしれない。
雑貨店のガラス戸を引いて店内に入る。いちばん奥に隠れるように坐っていた店主が首を伸ばしてこちらを見る。
「いらっしゃいませェ」
髪を三つ編みにした若い女性が笑顔で姿を見せる。白いTシャツに花柄の薄いワンピースを重ね着していた。
店内はところ狭しと東南アジアの小物が並べられ、壁からはカラフルな布製のバッグが幾つもぶら下がっていた。
「すいません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」
「はい」
若い店主は怪訝な顔で俊一を見る。
「このあたりにバーがあると聞いたんですが、ご存じないですか?」
俊一は怪しまれないように丁寧な言葉で訊く。
「バーですか?」
店主は頭を巡らせているのか、何度も首を傾げている。
「確かこの近所って聞いたんですが」
「そのお店の名前はわかりますか?」
「いえ、一度聞いたんですが、忘れてしまって……」
俊一はあえて店の名前を出さなかった。すべてをぼかして訊ねたほうがいろいろと聞き込みやすいと考えたからだ。
「すいません、思い当たりませんが」
店主は恐縮して俊一の顔を見た。
「お忙しいところをありがとうございました。このお店っていろんな物を売ってるんですね?」
俊一は、いままでこういった店に足を踏み入れたことがなかった。
「はい、タイ、ベトナム、インドネシアなどアジアの雑貨を仕入れてるんですよ」
店主はビジネス用の話し方になって説明をする。
「へえッ」感心しながら商品を手に取って見る。
「いかがですか、彼女さんへのプレゼントに。いま結構若い人の間でこういったエキゾチックな小物が流行ってるんですよ」
俊一は咄嗟に思いを巡らせた。この先またこの店に聞き込みに訪れることがないともかぎらない。手頃な値段の小物を探し、櫻子にプレゼントしてもいいと思った。
散々迷った俊一は、赤いろうけつ染めの小銭入れを購入した。千円以下だった。
雑貨店を出た俊一は、これまで通ったことのない路地を偵察することにした。
裏道はどちらかといえば住居が多く、密集する家の狭間から帰りを急ぐ西日が顔を覗かせている。どこにでもある夕方の光景だった。
俊一はふと思い立った。これだけ日が残っているということは、ああいった類の店は開店時間が遅めである。この時間ならまだ店の人も来ていないから、階段の上の店名を確認するチャンスだと考えた。
急ぎ足で店の前まで行くと、ちょっと躊躇したあと客の振りをして階段を昇る。ガサガサに錆びた手摺りに掴まりながら、一歩一歩確かめるようにして鉄製の階段を上がる。鉄の溜め込んだ熱がじわりと伝わって来る。階段は以外に角度がありそして長かった。
ようやく階段を昇ると、少し心臓が早くなっていた。俊一は深く呼吸をしたあと、ガラスのプレートを覗き込む。
『Rafflesiana』(ラフレシアナ)とラテン語で書かれてあった。
間違いなかった。だが、果たしてここが自分たちの目的としている店かどうかは判然としない。もう少し調査を続けたら何かがわかるかもしれない。
木製の重厚なドアの横には「会員制」とプレートがあたっていた。天井のほうに視線を巡らすと、階段下と入り口が移り込むように設置された監視カメラが目に入った。
それ以上偵察するところはないと思った俊一は、足元を確かめながらゆっくりと階段を降りた。
未練がましく何度も振り返りながら路地を進んだ。路地は西日が入り込む余地もなく、灰色の影があたりを支配していた。
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