第17話

 すると、ようやく後続車に気づいたのかスピードを緩めた白いライトバンは路肩に寄せてストップランプを点灯させた。余分な灯りはどこにもない。

 助手席から跳び出した櫻子は、急いで白いライトバンに向かって駆け出した。

 ドライバーは何事があったのかといった表情でドアウインドーに肘を乗せてサイドミラーを見ている。

「すいませーん」

 櫻子は駆け寄って運転席を覗き込むようにした。

「なに?」

 ドライバーは仏頂面で面倒臭そうにいう。年齢は三十半ばくらいで作業服の上着を着ていた。

「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」

「だから、なに?」

「私はこういう者ですが……」

 櫻子は用意していた名刺を運転席に差し入れた。

「ああ、この週刊誌なら知ってる。それが、俺に何の用事?」

 櫻子はここに来た理由ならびにこの車を追いかけて来たことを丁寧に説明した。

「ああ、ずいぶんと前にそんな噂を耳にしたことがある。あん時は新聞はもちろん東京のテレビ局も入れ替わり立ち替わりにカメラ持ち込んで、取材合戦をやってたな。でも結局はどこも女の幽霊を捉えることができなくてしぼんじゃったみたい。幽霊は映せなかったんだけど、インタビューをした目撃者は真剣な顔で答えてたから、いるんじゃないの、女の幽霊。これくらいでいい? 俺ちょっと急いでるから」

 櫻子は礼をいい、何かの時のためにとりあえず名前と電話番号教えてもらった。

 俊一は、ただ横で先輩記者の強引な取材方法を勉強するのだった。


 青梅街道に戻ると、ふたりは少し遅めの晩飯を食べることにした。

 しばらく走ると、大きな黄色い看板が目に入った。中華料理屋だった。ふたりは炒飯とギョーザのセットを注文する。ギョーザにはビールがつき物だが、車の運転があるためふたりはぐっと我慢した。

「私、これからあんたと一緒に三茶に行ってみようと思う」

 炒飯を食べている間に櫻子は気が変わった。

「それは別に構わないですけど」

「一応私にも責任があるから、どんなとこか見とかないと、あんたから話を聞いてもイメージが湧かないし、駆けつけなきゃなんないことだってあるかもしれないでしょ」

「わかりました」

 俊一は、櫻子が現場を見てくれるといっただけで心強く思えて来た。

 空腹が満たされた櫻子たちは、八王子インターから乗って中央自動車道で高井戸降りると、環八を通って三軒茶屋に向かった。

 しかし、環七に入ってしばらくすると、交通渋滞に巻き込まれ、思うように走ることが出来なくなってしまった。

 ところが代田のあたりまで走ると、急に車の数が減り、ストレスなく走れるようになった。時間は九時近かった。

 目的のその店は、東急三軒茶屋駅よりやや北に行ったあたりにあった。

 はじめての俊一は想像と違う町並に肩すかしを喰らった感じがした。沼田に話を聞いていた時には、もっと繁華な場所をイメージしていたのだが、実際には店舗らしきものはぽつぽつと点在しているくらいで、華やかなネオンなどどこにもなかった。だが、逆にそのほうが店を見つけるには好都合だった。

「ラフレシアナ」らしき店は角から二件目の二階にあった。というのは、店の看板というものが通りからは認めることが出来ず、外部の鉄骨階段を昇った先に、名前の書かれた三十センチ四方のガラス板があり、その上に小さなLEDのライトが蛍の光りのように点灯しているだけなのだ。

 少し離れた場所に車を停めたふたりは、そっとドアを閉めて何食わぬ顔で通りを歩きはじめる。ほとんど人の姿はない。ゆっくりと歩を進めながら建物の前までゆく。

 建物は鉄骨構造の二階建てで、一階部分は倉庫として使われているのか、グレーのシャッターが降ろされている。

 俊一は外部階段の下まで行くと、薄暗いなかで何とか店の名前を確認したようだ。

「間違いなくここです」

「私の想像とはちょっと違ってたけど、何かありそうといえばそんな気もしないではないわね」

 声を顰めながら櫻子はいった。

「確かに」

 俊一はひそかにカメラのシャッターを何回か押した。

「このあたりを少し歩いてみようか」

 そういいながら櫻子は歩き出した。

 道の両側はほとんどが仕舞屋となっており、やっとのことで一軒の灯りが点いた店を見つけた。小さな居酒屋だった。そこを過ぎるとまたまた小ぢんまりとした雑貨店があり、そこ以外にもう店はなかった。

 諦めたふたりは車に戻る。一瞬あたりが明るくなったと思ったら、一台の車が前方を横切って行った。ふたたび墨を流したような闇に引き戻された。

「どう思う?」

 櫻子は訊く。

「何か臭うといえばそんな気にならなくもないです。まあ、これだけでは何ともいえないですから、明日から聞き込みをはじめるつもりです」

「あんまり無理しないようにね。危険な目に遭わせたくないから」

 口では気遣いしているようにいったが、本心はちょっとくらいそういうことがあったほうがいい記事になると考えていた。

「わかってます。どうやったら効率よく情報が得られるかひと晩考えます」

 俊一はキーを回してエンジンをかけると、ゆっくりとアクセルを踏んだ。


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