第16話 5
会議室で俊一は櫻子に夕べのことをつぶさに話して聞かせた。
「面白そうじゃない。で、その何とかいうバーに沼田くんは入ったの?」
「いえ、入ってないそうです。入ってみようかと思ったことはあるらしいのですが、妙な空気感があって、すんなりとは入れない店だったらしいです」
俊一は櫻子を正面に見ていった。
「まあ、これからね。それってちょっと面白そうだから、前後編の二部構成で行こうと思うの。だからあんたはそっちに集中して。こっちは私がひとりで何とかするから」
櫻子も俊一を目を細めて見返した。
「わかりました。で、櫻子さんのほうはどうでした?」
「目撃者とまでは行かなかったけど、いろいろ当たっているうちに、タクシーの運転手やトラックの運転手、それに近所の住民にも聞き込みをしたわ」
そういいながら櫻子は数枚の人物写真と、幽霊が出没するというトンネルの写真を見せた。
「で、どうです、いけそうですか?」
「まあ目撃者と会って話を聞いたわけじゃないから何ともいえないけど、眉唾っていう線もなくはない。でも頭から否定することもないから、もう少し取材を続けようと思ってる」
櫻子は写真を手もとに寄せながらいった。
「きょうの夜、車借りるわね」
「どうするんですか?」
「いやあ、ここにあるように、明るい時間のトンネルの写真は充分なんだけど、肝心の夜の写真がないから、きょう行って来ようと思って……」
櫻子は大きく息を吐きながら俊一を見た。
「だったら、僕が運転して行きますよ」
「だめよ、あんたは例のバーの取材があるでしょ」
櫻子は眉間に皺を寄せながらいった。
「でも、取材をするにしても店の性質上遅い時間からです。だって、夜景の写真を撮るだけだったそんなに時間はかかりません。それから現場に行ってもちっとも遅くありませんから」
俊一は澱みなく話した。
「まあ、そうしてくれるんなら、私は助かるけど……」
話がまとまり、夕方四時前に会社を出たふたりは、首都高速4号線から中央自動車道に入り、八王子インターを降りて青梅方面に向かった。
この季節は日の入りが遅い。六時近かったが空はまだすみれ色をしたままだった。道路は徐々に細くなり、住居らしきものも疎らになると、急にあたりが暗くなる。よく見ると両側には森林が迫っていた。
現場近くの路肩で時間を潰す。三十分ほどラジオを聴きながら過ごすと、ようやくヘッドライトが必要な暗さになった。
トンネルの入り口に車を停めると、早速カメラを構え、シャッターを押す。その音が闇が搬んで来た静寂を遠慮なく遠退けた。
いろんな角度から二十枚ほど撮影すると、今度は車をゆっくり走らせながら反対側に回った。同じように何度もシャッターを押し、それでも飽き足らなくてトンネルとは違う場所でもカメラを向けた。だが満足出来る写真が撮れてるとは思えなかった。なぜなら、周囲には灯りらしいものはなく、かろうじてトンネルの入り口に薄汚れた蛍光灯がぼんやりと点いているだけだった。
ここに来てからまだ一度も車のライトを見たことがない。本当にこんな場所に幽霊が現れるのだろうか、そんな疑念が櫻子の脳裏を掠めた。
櫻子が疑問を抱くのも無理なかった。ミステリースポットというものは、人が多く住むところにあるから不安や恐怖が生まれるもので、こんな山のなかにあるトンネルでは車でその場所を通行する者にしかその恐怖はわからないだろう。それを週刊誌の記事にしたところで購買数が上がるのだろうかと。
「これぐらいにしとこうか」
トンネルの出口でいった櫻子の声が、わんわんと隧道内に響いたのだった。
ふたりは車の向きを変え、元来た道を帰りはじめた。
しばらく走って道路が合流しそうになった時、一台の白いライトバンが向こうからライトを落としてやって来た。
「あの車を追って!」
突然櫻子が叫んだ。
「えッ?」
「いいから、早くあの車を追うのよ」
俊一はいわれるまま白いライトバンを猛スピードで追跡した。この道に慣れているのかライトバンは一向にスピードを落とさない。ようやくカーブに差し掛かってスピードが落ちたのを見計らって俊一は距離を詰めた。追い越すことが不可能と計算した俊一は、直線になってパッシングをした。だが白いライトバンはそれに気づかないのかスピードを緩めることがない。二、三度繰り返しパッシングをした。
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