第14話

 あとに残ったのは自分ただひとりと、借金だけだった。どうすることも出来なくなった社長は、家族に黙って姿をくらました。そうなると闇金融も黙っちゃいない。法律が何であろうと家まで取り立てに来る。執拗なまでの訪問に恐怖と近所への体裁から、母親と綾香は取立屋の目を盗んで夜逃げを敢行した。

 その後母親は、食品関係の会社にパートとして働きながら綾香とつつましく生活していて、ようやく綾香が高校を卒業したある日、街で音信不通だった夫と偶然再開した。

 当初、妻と娘を見捨てて夫を八つ裂きにしたいくらい憎んでいた。ところが時間という消しゴムが少しずつ過去の記憶を消してしまい、それが後に不幸のスパイラルに引き込まれる入り口となった。

 母親は夫のみすぼらしい服装に哀れさを感じ、夫を渋々家に連れて帰った。だが、二部屋しかないアパートには娘の綾香も住んでいる。

 父親の顔を見た時、綾香は目を見開き、愕きの表情に血の気はなかった。父親の顔も見たくない綾香は部屋を跳び出して行った。

 だが、ようやく働き出したばかりの綾香には行くところもなく、夜遅くに不貞腐れた顔でアパートに戻って来た。

 その日は何事もなくすんだんのだが、三日目の夜だった。父親は一向に出て行く様子もなく、これまで母親と一緒に笑いながら観ていたテレビを独り占めしている。

 このところ母親との会話もなくなり、晩ごはんをすませるとそそくさと部屋に閉じこもりスマホでゲームをはじめた。

そのまま眠ってしまった綾香だったが、何かの物音でふと目を覚ました。その音は隣りの部屋から聞こえて来る。気味悪く思いそっと耳を澄ましてみると、それは母親の洩らす悦楽の声だった。それがわかった綾香は、両耳を塞いで布団を被り、眠れない夜を過ごしたのだった。

 以後綾香は一切口を利くこともなく、母親のほうも久しぶりに帰って来た夫に抱かれてしまったという後ろめたさがふたりの間に齟齬を来した。まだそこまではよかったのだが、無職の父親は毎日家でゴロゴロするだけで仕事を探そうという気はさらさらなかった。

 父親は母親の気持ちを逆撫でするようなことをした。日が経つと段々図々しくなり、薄給であることはわかっているはずなのに母親に金の無心をする。それも一回や二回ではなかった。それを目にした綾香は堪忍袋の緒が切れた。

「オヤジ、いい加減にしなよ。そんなに金が欲しいんだったら働けばいいじゃん」

 綾香にしてみれば、少しでも母親を楽にしてやりたいと思って安い給料のなかから食費として出している。そんな大事な生活費を働き口も探そうとしない父親に持って行かれたくなかった。

 綾香は、それ以来アパートに帰って来なくなり、友だちの家や漫画喫茶を転々として生活していた。家に戻るようになったのは、二ヶ月ほどして母親からスマホに連絡が入った。

「お父さんは出て行ったから、もうそろそろ戻っておいで」

 その言葉を聞いた綾香は、複雑な気持ちだった。ひと言「あんたにも責任がある」といいたかった。でも綾香はすべてを水に流して、元のふたりだけの生活に戻ることにした。

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