第13話
「ラブホの記事、読んだぜ。あん時あんたが見たことを記事にしたんだろ? でもすげえよな。俺なんか三回もあそこに行ってるけど、とてもあんな風に書けないよ。あんたはよく一回見ただけであそこまでリアルに書けるよな。感心したぜ」
「読んでくれたんだ。ありがと。綾香ちゃんも読んでくれたの?」
「見たよ写真。なか身の文章は読んでない。だってあたし文字読むの嫌いなんだも。だからなか身はコウちゃんに読んでもらった」
綾香は手にあった煙草を灰皿に圧しつけた。
「いやいやそんなことは気にしなくていいんだよ。でもあの記事結構評判良くて、会社のなかでも鼻が高い。それもこれもみんな君たちが協力してくれたお陰だよ。本当に感謝してるよ」
俊一は両手をテーブルに載せて頭を下げた。
「そんなことよりさァ、きょう連絡したのは、面白い話を耳にしたんだ」
「面白い話?」
俊一の脳裏に一瞬二発目のヒットが過ぎった。
俊一は話の本質に入る前に生ビールの大をふたつ頼んだ。
「……じつは、三茶の太子堂の近くに一軒のバーがあるんだ。そのバーの名前は『ラフレシアナ』っていうんだけど、定かじゃないんだけど、そのバーに変な噂が流れてるんだ」
「変な噂……?」
俊一は小首を傾げながら訊く。
「そう。そのバーが怪しいと俺が思ったのは、これは確かじゃないから何ともいえないけど、ひとりの男が行方不明になって、いまだに家に帰って来ないらしいんだ。もう半年になるというのに」
「ええッ? 行方不明」
「な、そうだよな?」
沼田は綾香のほうに顔を向けて訊く。
「そうだよ。オヤジはいまだに音信不通。まあ、昔からそういう男だったから、いまさら何とも思わないよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。いまの話を僕なりに整理すると、まず行方不明という男って、綾香ちゃんのお父さんっていうこと?」
「そうそう」
綾香は目の前にあった、手のひらほどのもも焼きに齧りつく。まるで他人事のようだった。
綾香の父親は二代目として三十年ほど印刷会社を経営していた。社員も十五人ほど働いており、当時はバブル景気もあって業績は順調に伸びていた。さらに客先を広めようと最新式の印刷機まで導入し、さあこれからという時になって、バブル崩壊という誰もが予測出来ない事態に陥いてしまった。
多額の借金を抱えた父親は、毎日顔色を変えて資金繰りに駆け回った。銀行も金融公庫も信用保証協会も、どこからも追加融資を受けることが出来なくなり、ついには闇金融にまで手を出す破目になった。というより、そうせざるを得なかった。
借金返済に追われ、まともに給料が払えなくなると、当然社員から突き上げが来る。だが社長としてはどうすることも出来なかった。そんな社長の苦労も他所に社員が次々と印刷所を去って行った。
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