第12話
俊一が沼田と会う約束をしたのは、夜の七時半だった。待ち合わせ場所は、JR中野駅近くの焼き鳥屋だった。予約を入れて置くとのことだったので、急ぐことなく会社を出た。
店の名前は「鳥よし」といった。北口を出て五分ほどの場所だったが、何せはじめての店なので店の作りも規模もわからないままスマホの地図を頼りに歩いた。
時間が時間だけに会社帰りのサラリーマンの姿がほとんどだ。
路地に入ってしばらく行くと、「鳥よし」と書かれた大きな提灯が目に入った。店からは真っ白な烟りが巨大生物の吐息でもあるかのように吐き出されて来る。
俊一は縄のれんを分けて店内に入り、店員に予約の名前を告げると二つ返事で店の奥に案内してくれた。カウンターは立錐の余地もなく、ワイシャツ姿がずらりと並んでいる。みんな酒と話に夢中だった。
いちばん奥のテーブル席に案内されたのだが、沼田はまだ来ていなかった。だが、おしぼりを使い、テーブルの隅にあったメニューに手を伸ばした時沼田が店に入って来た。例の彼女も一緒だった。
「ちわっす。綾香も一緒に連れて来たけど、いいよね?」
背の高い沼田は、躰を折るようにして俊一の前に腰を降ろした。
「別に構わない。早速だけど、何か注文しようよ。この店はよく利用するの?」
「そんなによくってわけじゃないけど、こいつがここの焼き鳥が好きだっていうから、月いちってとこかな。ここは結構はやってから、予約しといたほうが無難なんだ」
沼田はマルボロの赤い箱から一本抜き取った。
「うん、ここおいしいよ」
髪を金色に染めた綾香はえへへと笑った。
「じゃあ、注文はふたりに任せるよ。何かお勧めを注文してくれないか」
俊一にいわれてふたりは顔を寄せるようにメニューを覗き込み、焼き鳥の盛り合わせともも焼き、唐揚げそれに枝豆を、飲み物は俊一と沼田が生ビールの大を、綾香は柚子サワーを注文した。
飲み物がテーブルに搬ばれると、三人は昔からの仲間でもあるかのように乾杯した。
「ところで沼田くんは、仕事は何やってんの?」
俊一はジョッキを置きながら訊いた。
「オレ? 俺は工業高校を卒業してからいろんなことやったけど、いまはとび職やってる」
枝豆をひとつ口に放り込む。
「とび職って、工事現場の?」
「そう。現場で足場を組んだり、バラしたりすんだよ」
「結構きつそうな職業に見えるけど……」
「まあ、キツいちゃあキツいけど、結構良い金になるし、どっちかいえば俺の性に合ってる仕事かも」
沼田はジョッキを大きく傾けた。
「そうなんだ。で、綾香ちゃんは?」
「あたし? あたしはコンビニの店員。あんまり働くの好きじゃないも」
そういったあと、綾香はマルボロのメンソールをラメのシガレットポーチから一本抜き取った。
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