第11話 4
記事の反響は予想に反して大きかった。櫻子は毎日出社するのが楽しくて仕方がない。それは俊一も同じだった。
だが、問題はこの先である。ここまで来たからには、絶対に一発屋で終わらせたくない。何とか次号もヒットさせたいという気持ちは人一倍だった。
櫻子はそんな気持ちが先走りしてしまっているのか、まだ次号のスポットを決め兼ねている。
「櫻子さん、決まりましたか?」
「うん、といいたいところだけど、まだ決まらない」
櫻子は、ボールペンの先で頭を掻きながら渋い顔でいう。
「早く決めないと、締め切りが迫ってしまいますよ」
「わかってる。わかってるけど……」
櫻子は苦悶の表情を見せる。これまでに見せたことのない顔だった。これも予想を反する反響のせいであることに間違いなかった。
「だったら、トンネルのほうにしませんか?」
俊一は以外にも恬淡とした言い方をした。
「どうして?」
櫻子は怪訝な顔になって俊一を見る。期待も含まれた顔だった。
「これだけ記事が評判になってしまうと、廃墟の病室は難しいと思うんです。なぜかというと、ミステリースポット探索に火を点けてしまったんですから、間違いなく噂を聞きつけた見学者が大勢現れます。そうなると、建物にはこの前のように無断侵入は出来そうにありません。仮に建物に入って取材しようとすると、所有者の許可を得なきゃなりません。時間的に難しいと思います。
それに較べてトンネルのほうは一般の道路ですから、目撃者の証言を得られればそれほど難しくはないんじゃないでしょうか」
俊一は珍しく長く喋った。
「うん、それもそうね」
その時、櫻子のパソコンにメールが届いた。差出人は沼田高次だった。
《 まいど。
面白そうな話を耳にしたんだ。でも話にくいから、どこかで会って話がしたい。
聞いて損はないと思うよ 》
たったそれだけしか書かれてなかった。そのメールを俊一に見せる。
「あんた、沼田くんにアポ取って彼の話を聞いて来てくれない。私も一緒に行って聞きたいところだけど、ほら、次の段取りがあるから……」
「いいですけど、ガセじゃないですか? この間のきょうですからね。そう次々に情報が入ると思いますか?」
俊一は左眼を半ば瞑りながらいった。
「まあそうかもしれないけど、こればっかは聞いてみないとわからないでしょ。とりあえず連絡先を教えるから、コンタクトを取って」
「わかりました」
そういいながら俊一は手帳に電話番号とメールアドレスを控えた。
「ところで、次の段取りって、ひょっとして櫻子さんはトンネルに決めたとか?」
「そう、あんたのいうとおりトンネルを取材することにしたの。というのは、現時点では沼田くんの話がどうなるか定かじゃないけど、記者の勘というやつで、沼田くんからのこの連絡が何か匂うの。それと、今後のことを考えるとふたりで別の取材をすれば効率もいいでしょ。だから、車はお昼から私が使うから、沼田くんとこには電車かタクシーで行ってくれない?」
「それは構わないですけど、それより櫻子さんひとりで大丈夫ですか?」
「心配はいらないわ。だって夜なかに行くわけじゃなくて、日のあるうちに行って周囲の写真とか聞き込みするだけだから」
櫻子は、ノートパソコンを閉じながら笑顔でいった。
「それならいいですけど……でも、本当に気をつけて下さいね」
「わかったわ。じゃあ、沼田くんのほうはお願いね」
そういい残して櫻子は自販機にコーヒーを買いに行った。
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