第6話
雰囲気を察知した俊一は、遠慮することなく若者たちに近づいて行った。その内のひとりが俊一に気がつき、身構えるようにしたが、すぐに同類だとわかったのか構わず話を続けた。その話の内容は、意外にもこのホテルについてではなく、別の場所に行った時の自慢話を聞かせているようだった。
「この部屋ですか? 噂の部屋って」
俊一は、やや震え声で七人の若者に尋ねた。
「おう、そうそう」最初にここに来た四人組の、先ほど自慢話をしていた男がいった。「何、ビデオなんか持っちゃってさ」
俊一は何とか誤魔化そうとしたのだが、あまりいい口実を思いつかなかったことで、週刊誌の記者であることを正直に話した。
「じゃあなに、この部屋のあの壁の血をビデオに撮って記事にすんの?」
「いやあ、記事になるかどうかわかりませんが……」
俊一は彼らのことを把握しきれてないので、話し方が探り探りになる。
そんな遣り取りをしている間に、あとからの三人組は部屋に入って、例の壁の前でピースサインをしながら写真を撮っている。
俊一もあとから入って部屋に入った。長い間部屋を閉め切っていたからか、饐えた臭いが鼻腔に挑んで来る。ただ腐敗臭でない分助かった。
バスルーム、トイレなど部屋の隅々を隈なく撮影し、最後にベッドルームの壁に残された血の手形を少し長めに撮影した。もう充分だと思いながら入り口のドアのところまで来ると、あの四人組と三人組が廊下の両側に並んで待っていた。
「もう撮影はすんだのか?」
「ええ、充分に撮ることが出来ました」
俊一の言葉を聞いて一斉に七人が歩きはじめた。
帰りは二、三人がスマホのライトを点けていることもあってすんなりと一階まで降りることが出来た。
車のなかで気を揉みながら俊一が戻るのを待ち望んでいた櫻子は、ラブホテルの通用口が開かれるのを見て一瞬息が詰まった。薄暗い外灯の灯りのなかに、若者七人と一緒に俊一が姿を見せたのだ。
櫻子は急いで車を降りると、俊一のほうに駆け寄った。すると若者たちが櫻子の姿を見てとると不法侵入を咎められると思ったのか、一斉に走り出した。
「おーい、大丈夫だ」
俊一は若者たちの背中に声をかけた。彼らはさすがに若いだけあって運動神経は長けている。くるりと踵を返して俊一のところに戻って来た。
「この人も僕と同じ週刊誌の記者だから、心配いらない」
「そうなんだ。だっていきなり近づいて来るもんだから、てっきりポリかガードマンのどちらかだと思った。驚かさないでくれよな」
「ごめんなさい。私はこういう者です」
櫻子は暗がりのなかで名刺を差し出す。受け取ったリーダー格の若者は、スマホのライトを点灯してつぶさに名刺を確認した。二十歳を過ぎたばかりくらいに見えた。
「マジィ? これって、結構有名な週刊誌じゃん。時々サテンで読んだりするぜ」
「ありがとう。じつはみんなに呼んでもらおうと一生懸命ネタを探してるところなの。そいでいろいろ探してたところに、このラブホに奇妙な噂があるって聞いたのね。面白そうだから、ちょっと取材してみようと思ったわけ。ねえ、相談なんだけど、少しここのことについて話を聞かせてくんない?」
櫻子は単刀直入に切り出した。
「別に、いいけど、ヤバくね?」
「ううん、全然。そんなこと心配しなくていい。情報源の秘匿というものがあるから、絶対にあなたの名前が表に出ることはないから」
「難しいことはわかんねえけど、ヤバくないんだったらええよ」
そういったあと、ポケットから煙草を取り出して咥えた。
「もし、この記事が上手くいくようだったら、たいしたことは出来ないけど、ちゃんと謝礼はするわ。でもあんまり期待しないでね。今後のこともあるから、もしよかったらあなたの連絡先を教えて」
櫻子が話をしている間、ほかの連中は思い思いに煙草をふかしたり、ガムを噛んだりしながら雑談している。ここから見る限りではすでに彼らは仲間になっているようだった。
「いいけど、だったら、別のところに移動しないか? ここだと何か落ち着かなくてさ。いつポリが来るかわかんねえし」
「そうね。だったら先導して。私たちあとをついてくから」
四人組のリーダーの名前は沼田高次といった。あとから来た三人組はいま会ったばかりだからまったく知らないという。
それぞれに車に乗り込むと、沼田の車はテールランプを三度点滅させてから急発進した。
表通りに出ると、若者たちの車は左右に分かれてヘッドライトの川のなかに呑み込まれて行った。
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