第5話

 櫻子と俊一は、身を低くして彼らの動向をつぶさに観察している。どうやら四人とも櫻子たちには気づいてないようだ。

 通用口のドアに近づくと、もう一度周囲を見回し、ドアノブに手をかけた。そこまでの一連の行動からして、この建物に来たのははじめてではないことが窺えた。

 この四人のうちの誰かが好奇心のある仲間を案内したに違いない。なぜなら、はたから見てあまりにも慣れた足取りでドアに近づいて行く。それともうひとつ、いくら好奇心旺盛だとしても同じ場所に何度も探検しに来ることはないだろう……櫻子はそう推測した。

 愕いたのは、その四人が何の苦労もなく吸い込まれるように通用口をくぐってなかに入って行ったことだ。これだけ騒がれて警察沙汰になったにも関わらず、通用口に鍵もかけられてなかったのだ。

「どうして?」

 櫻子は、シートに身を沈めたまま信じられないといった顔をする。

「あれはですね、どうやらあまりにも次から次へと侵入者が訪れるから、どれだけ頑丈にしてもイタチごっこらしいんです」

 俊一は窓の外を見たままいった。

「あんたなんでそれを知ってるの?」

「ネットの書き込みでわかったんです。あの通用口の鍵もそうですけど、防犯カメラを設置してもすぐに壊されたりコードを切断したりするんだそうです。建物に入るドアもそうです。ネットによると、侵入して血のついた部屋を探検するのもそうですが、セキュリティを解除して後身が侵入しやすくする……つまり仲間同士でゲームをしているという感覚らしいんです」

 俊一は自分が調べたことを訥々と話した。

「そうなんだ。でも、持ち主ももっと頑丈な柵か何かにすれば、侵入されずにすむのに、何でだろう?」

 櫻子はやっと姿勢を元に戻した。

「さあ、そこまでは……」

「そんなことはいいけど、さあ、早く用意して」

 櫻子は運転席の俊一の肩を押した。

「用意って?」

「ばかねえ、彼らについてあんたも侵入するのよ。何度もいわせないの。さあ、ビデオを持って」

 櫻子の語気が段々強くなってくる。

 背中を押された俊一は、渋々ビデオを手にしてドアの取っ手を掴んだ時、後方から灯りの近づいて来るのがサイドミラーに映った。

「どうしたの?」

「はい、また別の車がこちらに向かって来ます」

 案の定、車は櫻子たちの横をゆっくりと走り抜け、四人組の車と櫻子の間にすんなりと停めた。なかから降りて来たのは、今度は若い三人組の男だった。やはりこの建物を探検しに来たに違いない。

「チャンスよ。あの男たちのあとについて撮ってらっしゃい。四人と三人はみんな仲間みたいなものだから、このチャンスを逃したら次はないから」

「はあ。大丈夫でしょうか?」

「大丈夫。さっきもいったように、何かあったら面倒看るから」

 これ以上逆らうことは出来ないと観念した俊一は、三人組が建物に姿を入るのを見届けてから、ドアに向かって一目散に走った。

 玄関の向こうで小さな話し声が聞えて来る。目的の部屋は三階のいちばん奥にあり、当然階段でしか行くことが出来ない。そうなると、先の四人組と鉢合わせすることは間違いない。ひとつ安心していいのは、グループ同士の対決ではないので、暴力沙汰にはならないことは確かだ。だが、対面したあとどうなるかは未知数だった。

 俊一の心臓が咽喉元まで来ている。いま自分のしていることが犯罪と背中合わせであることと、これから先に侵入している七人と間違いなく顔を合わせることを考えると無理もなかった。二階あたりから話し声が聞こえて来る。おそらく、誰かに声をかけなければ恐怖心に圧し潰されそうになっているのだろう。

 一階の踊り場まで足を搬んだ時、上のほうから悲鳴のような声が聞こえた。俊一は一瞬心臓が停まりそうになった。だが逆にその声が建物のなかに充溢していた恐怖感や緊張感を取り除くこととなった。

 階上からこれまでにない賑やかな声が聞こえて来はじめ、墨を流したような闇が幾分希釈されたような気がした。

 俊一はビデオカメラのわずかな灯りを頼りに二階に辿り着いた時、ふたたび階上から遠慮のない話し声が聞えて来た。もう先ほどまでの恐怖心はなく、反対に話の内容が気になるのだった。

 三階まで上ると、話し声はさらに大きくなった。もうここは恐怖の館というイメージではなく、どこかのロビーかエントランスであるかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る