第4話
「誰もいないみたいだから丁度いいわ」
「……?」
俊一は櫻子のいっている意味がわからなかった。
「何してるの、早くしなさいよ」
「ええッ?」
「建物に侵入するのよ」
「僕がですか?」
「当たり前じゃない。ホテルに侵入して、その話題になってる部屋の写真を撮ってくるのよ。出来たら動画のほうがいいわ」
櫻子は恬淡として俊一にいう。
「でも……。もし見つかりでもしたら不法侵入で捕まりますよ」
俊一は小さく首を何度も横に振る。
「いいから。その時は何とかするから。だって、私たちはここに何しに来たの? ただこのラブホを見に来たわけじゃないでしょ?」
「そりゃあそうですけど……」
俊一はまだ決心がつかない。
「もういい、だったら私が撮って来る。あんたはここにいたって用がないから帰っていいわ。それと、明日から私の下から外してもらうから、そのつもりでいなさい」
櫻子はドアの取っ手に手をかけながらいった。
「それって、パワハラじゃないんですか?」
「パワハラでも何でもいいわ。訴えたかったら訴えればいい」
櫻子は車のドアを開けた。
「わかりました。行きますよ。行けばいいんですよね。でも、もし捕まったらその時は頼みますよ」
この仕事に入る前に、記者がどういうことをするのかある程度は聞かされていた。だが実際にいま自分がやろうとしていることは間違いなく犯罪だ。しかしこれをしなければ自分の憧れていた記者にはなれない。俊一の心にはかなりの葛藤があった。
そして俊一は覚悟を決めた。ビデオカメラを手にして車のドアを開けようとした時だった。ヘッドライトを消した黒っぽい車が後方からゆっくり近づいて来るのが見えた。
慌ててドアを閉め、シートに身を沈めるようにして窓の外に目を遣る。
「どうしたの?」
事情がわかってない櫻子は訊く。
「車が来たんです」
俊一がいい終わるか終わらないうちに車はすぐ横を通り過ぎて行った。
黒っぽい車はミニバンだった。なかには若者が四人ほど乗っていた。
車は櫻子たちの三十メートル前方でテールランプが灯り、周囲の様子を見ていたのか、しばらくしてからその四人が降りて来た。ここから見る限りでは、男三人に女がひとりのグループだった。彼らはすぐに何か行動することはなく、内のひとりが煙草に火を点けた。一瞬ライターがあたりに明るさを呼ぶ。四人は雑談しながら視線は同じ場所に向けられている。やがて警戒しながらラブホテルの入り口に向かって歩き出した。
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