第3話

 櫻子と俊一のふたりは早めに夕食を摂り、会社の車で現場に向かった。やはり金曜日のこの時間は、会社に戻る車と帰宅する車で道路は混み合っている。

 一応グーグルで場所は確認しておいたのだが、実際に現場に来たのはこれがはじめてだった。

 建物の性格上大きな通りに面してなく、出入り口は裏通りにあるので、車での張り込みには都合がよかった。

 周囲の状況を把握するために、ふたりの乗った車は、ゆっくりと二、三度建物の前を通り過ぎた。そして出入り口が窺える少し離れた場所に車を停める。いまではラブホテルとして営業してないことと、回りに店らしいものが見当たらないため、あたりは数少ない外灯の灯りしかなかった。

 建物は七階建てで、『HOTEL・アドリア』という看板の照明は当然消されたままだ。出入り口にあたる部分にはパイプシャッターが下りていた。侵入するにはそこから入ることは出来ない。すると建物の端に通用口のようなアルミ製の扉が見えた。その背丈ほどの扉を乗り越えれば侵入は不可能ではない。

 櫻子はその通用口を凝視したまま、

「しばらくここで様子を見よう」と、低いトーンでいった。

「大丈夫でしょうか、こんな場所に車を停めといて」

 俊一は、ハンドルを握ったまま少し視線を下げながら訊く。

「あんた、雑誌の記者でしょ? そんなに気が小さくてどうするの。万が一警察に職質されたって、社員証と名刺それに取材のためにここにいることを説明すればどってことない。それに、向こうだって週刊誌に変な取材を受けたくないでしょ?」

 櫻子は相変わらず勝手口に視線を据えたままでいる。

「はあ」

「そんなことより、この建物の持ち主はどうしてるの?」

「いえ、まだわかってません」

「すぐに調べなさい」

 櫻子は俊一の段取りの悪さに少し苛立ちを覚えた。

「はい」と、俊一。

 その後わかったことだが、俊一がホテルのことを調べると、意外なことが判明した。

 それによると、以前ホテルの持ち主だった人物が、最初の騒動から少しして建物を手放すことになった。それを買い取った不動産屋が別のビルを建てようとしたらしいのだが、景気が急降下したため、建物を解体することも出来なくてそのままになっている。

 建物はラブホテルの体裁を持ったままで、誰も出入りすることがないのをいいことに、お化け屋敷の感覚で若者が集まるようになったということだ。

 一時間ほど辛抱強く車内で張り込みをしていた櫻子だったが、ドアを開けて外に出ると、すたすたとホテルのほうに歩き出した。そしてホテルの前まで来ると、通りすがりであるかのように何気なく建物に目を向けながら通り過ぎた。

 しばらくそのまま歩いたと思ったらつと踵を返し、俊一が乗ったままでいる車に引き返して来た。

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