第2話
はじまりは、私が29歳になった春だった。
最近でこそ声高に叫ばれることは減ったが、それでも根強く蔓延っている「結婚適齢期」なるものの終盤にさしかかっていた。
その当時は、今よりもさらに、その年齢幅は若かったように思う。
運命の人…この人と添い遂げるための我が人生…とまでは思えなかったけれど、この人となら家族として人生を歩んでいけるのかもしれない、という結婚目前の相手がいた。
顔合わせとまではいかないが、先方の親御さんにはご挨拶をしており、「義母からの形見」のようなネックレスも貰っていた。
そんななかで、彼が突然に発した言葉は、耳を疑うものだった…というより、何かを言い間違えたのかもと思った。
「俺、自由なうちに、最後に語学留学がしたい。だから、結婚をしばらく待ってほしい。」
少し考えてはみたものの、何とも間違えようもない文脈だったので、ひとまずその言葉の真意を推し量ることに集中した。
それでも、短時間で適当な答えを出すこともできず、そして起死回生の一言になるようなことも言えないまま、なんとなくその会話は流れていった。
あろうことか、そんな大事な話を詰めないまま、一週間ほど経った日のことだった。
社会人向けの英語教室の講師をしていた私は、仕事終わりのタイミングで、別のクラスの生徒から突然食事に誘われた。その生徒の講師と私が親しかったこともあって、以前も、その講師とその生徒を含めた複数人で何度か食事に行ったことはあったが、2人きりでの食事の誘いを受けたのは初めてだった。
大方の職場はそうであろうが、私の職場も、サービスを提供する側の講師と、お客様である生徒とが特別な関係になることは、ご法度とされていた。だから、2人きりで食事に行くのは、本来なら避けるべきことなのだが、彼とのモヤモヤに対する当てつけのような気持ちも手伝って、「大丈夫ですよ、行っちゃいましょうか!」と答えていたのだった。
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