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 世界間移民とはまた、壮大な見出しだ。


「資源確保の手段については、ごく一部ですが平和的な手段を望む一派も存在しています。これはその一派が極秘裏に構想した計画です。読んで字のごとく、我々が移民として並行世界へと移り住む計画です」


「随分とまた壮大な計画だな」


「はい。ですが、この計画の立案は先輩も噛んでいますよ」


「・・・それは本当か」


「はい」


 我ながら随分と、お花畑な発想をしていたものだと不思議でならない。


 このルームで見てきた並行世界の自室から、僕は少なからず並行世界の情報を得ていた。並行世界であるだけに、世界の実情は僕らの世界と大して変わっていなかった。環境破壊、気候変動、戦争、飢餓、疫病の蔓延。確かに、多少はマシな世界もあった。しかし、結局は五十歩百歩というところだった。その事を三枝に告げると、帰ってきた答えは意外なものだった。


「近似的並行世界については、その通りです。しかし、並行世界は無限に等しい世界が存在します。そして、先輩は秘密裏に無数に存在する並行世界の中から、友好的な世界を見つけ出していたのです」


「マジか」


「マジです。ルームとつながる世界もわざわざ近似的な世界と限定的に繋がるようにしたのは、この事を隠すためだったのです。なんといっても、この友好的な並行世界は自然が存在している世界ですから。エネルギーに関しても、自然と共存できる性質のものであるらしいので、我々としては願ってもいない世界です」


「そうだったのか・・・」


 どこか腑に落ちる感覚がした。


 仮に異世界に進出し、その全ての資源を奪ったとしても、僕らの世界を賄うだけの資源はないことは、各世界の情報から判明していた。仮に武力で並行世界から資源を収奪しようとも、それは雀の涙ほどでしかない。この方法では、イナゴのように並行世界を渡り、資源を奪っていくでもしなければ僕らの世界を維持することは難しいだろう。


 それでも、強硬策に出ようとしているのは、そうでもしなければならないほどに逼迫した状況があるからだろうが。


「しかし、それなら希望が見いだせるな。友好的な世界が見つかっているのであれば、あとはその世界と何らかの手段で交流することができれば・・・」


「もう先方とは話がついてますよ。我々の世界の未来を憂い、保護を申し出てくれたのです。これもひとえに、先輩が尽力してくれたお陰です」


「それは、ありがたい話だが、そんな菩薩のような世界があるとはね。話がうますぎやしないか?それに、移民だって僕達の世界のすべての人間を受け入れることなんてできるのか?」


「もちろん、移民の交渉の際に、我らの世界の技術供与などいくつかの条件は提示されました。さすがに、無償でとはいきませんよね。受け入れ人数にしても、数十億単位で受け入れられるそうですが、そのためには先方の世界と協調して生活できる人間に限られます」


「まぁ、当然と言えばそうか。受け入れたよそ者に世界を荒らされてはいけないものな」


 しかし、僥倖であるのは間違いない。死にゆく世界から自然あふれる世界に移り住めることを考えたら。


「話はわかったけど、その前にこのルームから脱出しなければいけないな。どうやって脱出するんだ?」


「それでは、次のページをご覧ください」


 三枝は、肥料のページをまた一枚ぺらりとめくる。


「先輩はルームに仕掛けを施していました。いわゆるバックドアのように自由に指定した並行世界へとルームのドアを繋げられるよう仕込んでいたのです。そして、そのバックドアを開けるために必要な鍵が、こちらです」


 三枝は、資料を入れていたバッグから一本の花を取り出した。


「・・・この花が鍵?」


「はい。この花はその友好的な並行世界の花で自生している花です。バックドアの鍵はその並行世界の物質で構成されたものであれば、理論上はなんでもいいそうです。しかし、先方が鍵として我々に差し出したのがこの花でした。かつては我らの世界にも自生していた花なのですが、今となっては絶滅してしまった種ですね」


 わざわざ腐敗しそうな物を渡すなんて、何を考えているのかと思ったが、しかし、よくよく見ると、どうやらこの花は、茎から切り離されても瑞々しさを保っている。並行世界の技術によるものかは不明だ。しかし、見ているとなぜか引き込まれるような、何かを感じずにはいられない。非科学的にも程があるが、何か神秘を感じてしまう。


 それにしても、なんとも寂しい話だ。生憎、植物には疎く花の種類までは分からないが、こんな形で今ではお目にかかれない花を見ることになろうとは。かつては、自分たちの世界にも咲いていたというのだからなおの事だ。もっと早くから環境問題に取り組んでいたのなら、この花も絶滅することは無かったのだろうか。


 しかし、僕が生まれた頃には、もうすでに環境破壊が取り返しのつかないほどに進んでしまっていたのだから、僕にはもうどうしようもない話だった。


 つい、物思いに耽ってしまった。視線を三枝に戻すと、彼女は話を続けますねと言い、と説明を続ける。


「この鍵の使い方ですが、とても単純かつ明快です。この花を持ったまま、玄関のドアを開ければ、この花の世界に繋がります」


「わかりやすいことでなにより」


「全くです。まずは、私たちが並行世界へと渡り、先方の協力のもと並行世界間の通路を構築出来たら、本格的な移民受け入れに向け準備をします」


「わかった。とにかく、今はそれに掛けるしかないか・・・」


 正直、状況のすべてを把握できたわけではない。違和感や不安も拭い切れない。しかし、現状自分が出来ることなどもはや何もなければ、三枝の言葉を信じて行動するほかないだろう。


「話は決まりました。それでは、行動を開始しましょう。と、その前に先輩はもう少しだけ休んでいてください。その間に、色々と準備をしていますので」


 三枝は、そう言い残すといそいそとリビングへと向かい、何やら作業を始めた。僕もこんな時に寝むっていられないと手伝いを申し出るが、にべもなく断られてしまった。仕方ないので、そのまま布団へ横たわっていると、不思議と心地よく睡魔に襲われる。意識が薄れていく中で、三枝の鼻歌が聞こえる。その優しくやわらかな声に何とも言えない懐かしさを感じながら僕は眠りに落ちていった。

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入れ替わる部屋 :DAI @moss-green

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