08:03
「異世界を発見し、資源を回収しようと考えたはいいものの、肝心要の異世界への移動方法が確立されず、研究が難航したのです」
「随分と初歩的な問題だな」
「はい。存在だけ確認できても、実際に物資や人間を並行世界に運べなければ意味がありません。その為に、何らかの移動手段の開発が急がれました。結果、複数の並行世界を厳選し繋ぎ合わせ、確実に自分達がいた元の世界線に帰れるよう“扉”を作る技術が開発されました。それが、ルームです」
「ということは、今僕達がいるこの部屋がそのルーム。といことか」
「はい。先輩が開発した異世界間移動装置です。素晴らしい発明です」
「えっ?これを僕が?」
「はい。ルームの完成後、無事人間が異世界間移動をできるかの実証実験が行われ、並行世界への進出計画がいよいよ行われる寸前まで前進しました」
「おおよそ事情は理解した。だが。あんな化け物と遭遇するとは完成しているとは言い難いんじゃないか?」
「そこは判断が難しいところですね。あの人型は、時折出現するおそらくなんらかの生物であると考えられていますが、どうやら並行世界の存在でも無さそうでして。どちらかというと、並行世界間の隙間からにじり出てきているというか、そうした痕跡はみられているらしいです。謎の存在には違いありませんがね。それにしても、先ほどは運が良かったです。あの人型は人間を見たら襲う習性があるようで、先輩が助かってなによりです」
「それは、夢見の悪い話だ。それにしても、そんな危ないところに、僕を助けに来るなんて、君と僕はどんな間柄なんだい?」
「ただの職場の先輩と後輩です」
「・・・それだけ?」
「変な期待をしないでください。ただの先輩と後輩ですから。残念でしたね」
「やかましいわ」
妙な絡み方をしてくる女だ。決してタイプの女ではないし、何も期待してはいないが、とはいえ先手を取ったような気でいられるのはどうにも癪に障る気がする。しかし、心のどこかで、それを楽しんでいる自分もわずかに感じるのだった。
「ところで、先輩。この部屋は何周回しましたか?」
「この寝室は、一周。仕事部屋は三周回したところ」
「それはよかったです。あまり回しすぎると、どんどん元の世界線から大きく離れてしまうことが確認されています。すると、異世界間移動の生還率もビックリするほど落ちますので」
「・・・それって、かなりまずいんじゃ・・・」
「はい。必ずしも人間が生活できる環境にないこともあるので、過去の実験では扉を開けた途端、焼け焦げたり、放射線にさらされたり、蒸発したりと散々な結果も出ています」
「なんとえげつない・・・」
「はい。ルームの欠点ですね。非人道的な方法ですが、世界の存続と天秤に掛けたら、道理も引っ込もうというものです。誠に不本意ではありますが」
そう言うと、彼女は静かに俯き呟いた。
「しかし、いくら大義の為とはいえ、我々がやっていることは同じ世界の人間をも犠牲にした異世界への侵略です。現時点では、ルームを経由し、異世界の情報を収集するに留まっていますが、いずれルームの規模を拡大し、最も生還率の高い並行世界に向け進出を始めるのも時間の問題です。すでに、研究所には軍の人間も出入りし始めています。それを危惧した先輩は、止せばいいのに、あんなことをするから・・・」
三枝は、俯いたまま小さく肩を震わせている。
「先輩は、研究所の目を盗んで、並行世界へ警告をするためにルームに入ろうとしました。ところが、軍部の人間に見つかり、掴まった挙句拷問され、懲罰として記憶改変の薬物を投与されました。そのあと、新たな被検体としてルームに入れられてしまったんです」
必死に慟哭を抑えながらも、彼女は最後まで僕に事の真相を教えてくれた。晴天の霹靂もいいところだが、もはや彼女の態度を見てしまっては、疑うことなど、もうできはしなかった。さすがに彼女の話には衝撃を受けたが、記憶が無い分どこが他人事のように感じてしまうが。
「ありがとう。助けに来てくれて」
「・・・はい」
僕は疲れた体を無理やり起こす。
彼女がこうして僕の為に動いてくれたのだから、疲れたなんて言ってはいられない。だが、彼女の話から考えると、もう元いた世界に帰還することは不可能だ。なにせ、世界を裏切ったわけだから、もう僕と三枝には帰るべき世界は無い。戻ったところでどんな目にあうか。
となれば、残る行動は限られてくる。記憶が変えられる前の僕がどこまで手筈を整えていたかが鍵だが、三枝に問うてみる。
「君も、これだけの研究をしていたのなら聡明であるはずだ。片道切符で破れかぶれでこのルームに入った訳でもないんじゃないか?それに、僕も記憶はないが、性格上、特攻まがいの行動は避けるはずだ。何かしらの安全策を講じていると思うがどうだろうか?」
記憶は薬で変えられたとしても、性格まではそうそう変えられることはないだろう。ならば、可能性は多いにある。この状況を打開する可能性が。
「はい、もちろんです」
彼女は力強く答えつつ、さらに資料をめくる。
そこには、世界間移民計画と記されていた。
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