第144話
ごそごそ、ひた。ぎゅぅ。心地のいいにおいと共に柔らかく暖かく包み込まれる感覚に意識が少しずつ浮上してくる。けれど、早朝のオレの意識レベルは上がりきらず
「まゆみ、まらねむぅ」
と、その心地よい抱きマクラに抱きつき頬をすりすりと擦りつける。
「ふふ、ケイもう少しだけよ」
優しい声に包まれ至福のひと時。そしてその心地よい暖かさの中で意識がゆっくりと浮上する。目の前にあるのは真由美の瞳。黒目がちでくりっとした目、長いまつげ、形のいいぷっくりとした唇。引き締まってはいるけれど柔らかな身体。幸せと共に真由美を抱きしめ唇に優しいキスをする。
「真由美かわいい」
ポロリともれる本音に、
「もう、不意打ちはダメっていつも言ってるのに」
ぼふっと顔を赤らめ真由美はオレの胸に顔をうずめる。
「いや、ごめん。ついあまりに可愛くて本音がこぼれた」
「そ、そういうとこよ。ケイって天然にずるいんだから」
日曜日のそんなアマアマな時間も今日はゆっくりしているわけにはいかない。
「6時45分。真由美そろそろ」
「ん」
真由美は短く答えるとベッドから降り手を差し出してくる。
「ありがとう」
本来なら逆だよなぁと思いながら真由美に手を引かれ立ち上がると、最後にグイと引かれ抱きしめられた。
「お、おい。不意打ちはダメって自分で言って」
ドキドキだ、心臓がやばいことになっている。
「ふふ、今日はあたしの勝ちね」
なんの勝負だよ。
「大好きな可愛い真由美に突然そういうことされると突然心臓がタップダンスを踊っちゃうんだからな」
「ぷっなにケイ突然そんな文学的な……」
一旦離しかけた真由美をもう一度ぐいっと抱き寄せ唇を奪う。目をみはり一瞬固まった顔が、すぐにとろりと蕩けたような表情にかわり、オレの背中に手を回し求めてくる。深い口付けを交わし。
「さ、行こうか」
ほんの1分程の口付けのあと朝食のために1階におりて食卓についた。
「今日は日曜なのに早いのね」
そう言う母さんに
「うん、今日は陸上の大会だって言っておいただろ」
「あれ、そうだっけ」
「う、そうするとひょっとして弁当が……」
「あはは、そんな心配してるの。毎週日曜もずっと弁当じゃない。だからちゃんとありますよ」
「母さん、ありがとう」
受け取った弁当をスポーツバッグにしまい
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい。にぃも真由美ねぇも頑張ってね」
奈月も本当は行きたそうな顔をしていたが、さすがにもうそういう時期ではないので諦めさせた。そりゃ自分の彼氏の雄二とオレ、真由美だって幼馴染だ。そんな3人が揃って出場する高校新人戦の県大会となれば応援に行きたい気持ちはわかる。そうは言っても高校受験を控えた中学3年生をこんな時期に1日出歩かせるわけには行かない。順当に行けば来年のインターハイ予選があるからと諦めさせた。
「あ、にぃ」
呼び止められて振り返れば目の前に奈月の顔が『ちゅ』
「えへへ、がんばってね」
「お、おう」
玄関でなんて、母さんに見られたらどうするつもりなんだよあいつ。
駅で雄二と合流し途中の駅で乗ってきた京先輩と幸枝、桐原先輩も一緒になり会場に向かう。高校生活初の県大会なので少々浮ついているのを自覚している。
「3人は高校初の県大会な訳だけど、まだ1年なんだし気楽にね」
オレ達3人を気遣って声を掛けてくれる京先輩。やっぱりカッケーなぁ。京先輩は出場種目が女子100mなので土曜日に終わっている。今日はキャプテンとして出場種目がないのに引率してくれている。
競技場に着くと荷物を置きとりあえずアップがてら競技場の周囲を走る。3人揃って走っているのだけれど、ついいつものアップよりペースが速くなる。
「ケイ、少しペースが速いぞ」
雄二も気付いて声を掛けてくる。
「あぁ、緊張しているのかな。少し入れ込みすぎている感じだ。ペースメーカー代わってくれ」
雄二と先頭を代わる。あ、雄二も速い。
「おい、雄二速い速い」
「いったん戻るか」
「ケイも兄貴も、多分あたしもちょっと浮き足立ってるね」
「ああ、いったん戻って落ち着くのが先だな」
歩いて場所取りをしてある観覧席に戻った。
「お、どうだ少しはほぐれたか」
「京先輩、オレ達ちょっと浮き足立っててアップでもペースがおかしいんで戻ってきました」
「あはは、おまえらでも高校初の県大会となればそうなるか」
「笑い事じゃないですよ」
そんなやりとりをしていると横で幸枝が何かぶつぶつと
「こ、ここでケイ君を落ち着かせたら、感謝の気持ちからワンチャン」
あ、幸枝は平常運転だった。
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