第128話

今日は家庭科実習のある日で、朝からなにやら騒がしい。特に男子共、誰それの作った料理をおすそ分けしてもらいたいだの、グループの女子の料理が食べられて嬉しいだのと騒いでいる。おまえら、女子がおもいっきりドン引きしているのに気付いていないのか。

「ケイ君、調理実習あたしと同じグループだね。真由美ちゃんと別グループで残念でした」

神崎さんがなにやら言ってきた。

「ん?なんで?」

「だって同じグループだったら真由美ちゃんの手料理を食べられるチャンスだったのに、グループ別れちゃったでしょ」

「そうだね。たまには真由美の手料理も食べたいな。料理上手だし」

「あれ?何その含みのある言いかた。『もう知ってる』みたいな」

「オレの誕生日パーティーでね」

「あ、察し。くぅ、ケイ君の誕生日パーティー。私も参加したかったな」

とそこで横から真由美が

「あたしからすれば神崎さんが羨ましい。ケイの料理。ぐぅう」

「な、何?その血の涙さえ流しそうな悔しがり方。しかも自分の作った料理を食べさせたいじゃなくて、ケイ君の作った料理を食べたいみたいな言い方」

「みたいじゃないの、ケイの料理は……」

そこまで叫ぶように言ってとたんに声をひそめ

「神崎さん、ケイの料理の味は絶対に秘密にしてよね」

「なにそのまるで自分だけの秘密の店をしかたなく紹介するような言い方」

「く、まったくその通りだから反論が出来ない」

「訳分んないんだけど」

「大丈夫。調理実習が終わったら理解しているから」


家庭科教諭の佐伯真帆先生が声を掛ける

「さて、グループごとに食材は準備できてますね。不足していたり痛んでいたりする食材が無いか確認してください」

各グループ毎に確認している。

「よさそうですね。包丁で手を切ったり、コンロで火傷をするなど怪我の無いよう気をつけてくださいね。グループリーダーはある程度料理経験のある人ですから、相談しながら調理を進めるように。では調理を始めてください。」

このグループ分けで真由美とグループが別れた理由のひとつが料理経験の自己申告。それも出来る出来ないの申告でなく、普段家で料理をするか、弁当を自分で作るか等のアンケート形式で決められたため、普段から料理をしたり自分で弁当を作ったりしているオレや真由美はグループリーダーに指名されてしまったというわけだ。それでもリーダーに指名されたいじょうは仕方ない。リーダーとしての仕事をしよう。とりあえず『実習』なのだからみんなに少しづつは料理を体験してもらおうと思う。そこで

「とりあえず、順番に野菜の下ごしらえからやってもらおうかな」

「「「え」」」

「え、じゃないっての。調整はオレがやるにしてもみんな少しづつは体験してもらうぞ。全く料理をしたことが無いっていう村上はともかく神埼さんや木村さんまで全部丸投げのつもりだったんじゃないだろうね。あと一応、本当に一応聞いておくけど、調理実習のメニューは分ってるよね」

「「「……」」」

「君たち、いくらなんでも酷いとは思わないのかね」

あ、思わず先生口調になってしまった。

「冗談よ冗談。確かひとつは野菜炒めよね」

「なんか怪しいけど、合ってる。でもう一つは?」

「「「ごめんなさい」」」

「はぁ、もうひとつは麻婆豆腐ね。麻婆豆腐と野菜炒めという学校の調理実習でのメニューとしてはちょっと変な組み合わせだけどね。まぁ作っていこうか」

「まずは、そうだな、神崎さんニンジンを短冊切りにしてくれるかな」

「う、うん」

「そう、まずは皮むいて。うんうん神崎さんちゃんと出来るじゃん。神崎さん料理得意でしょ。なんでリーダーに指名されてないんだろ。少なくともあいつよりはよさそうなんだけどなぁ」

ひとりどうにも怪しいリーダーがいるんだよなぁ。

「まぁ、このくらいなら。一応は料理できないわけじゃ無いから」

「んじゃ次、木村さんキャベツのざく切りやって」

と、メンバーに作業させている間に麻婆豆腐の準備。鍋に少し塩を入れてお湯を沸かしておく。

「出来たわよ」

キャベツはちょっと不ぞろいだけど、良い感じの大きさに切られていた。

「木村さんも包丁は使い慣れているみたいだね」

多少盛って褒めておく。

「じゃ、次村上はピーマンの細切りを作ってもらおうかな」

包丁を受け取った村上はまな板の上にピーマンを乗せて横向けに切ろうとしたので

「はいストップ」

「なんだよ、いきなり」

包丁を受け取り、

「ちょっと1回やって見せるから。ピーマンの細切りを作るときには、まず最初に縦に半分に切る。そして中のタネを取って……」

一通りやって見せて

「ほら、やってみな。そんなに難しくないから」

村上がなんとかピーマンの細切りを作り

「これで一応包丁は使わせたから良いかな。あとはオレが切るね」

玉ねぎの皮をむき、包丁を滑らせるようにすっすっと動かし8分割。

お湯を沸かしている横のもう一つのコンロにフライパンをのせて火をつける。

「野菜を炒めていくよ。最初にモヤシでやってみせるから同じようにやってね」

サラダ油をひいてばさっとモヤシをフライパンにいれ炒める。ちょっと温まったところに少し水を入れて蒸し焼きにする感じで、火が通ったところで一旦皿にとる。

「こんな感じで、野菜が柔らかくなりすぎない程度に火を通してね。別に多少失敗しても食べられないほどにはならないから気楽にね。まずは神崎さんからキャベツを」

と順に炒める経験をさせて

「最後にブタバラ肉を焼くんだけど、これはオレがやるね」

油をしいたフライパンをあたためて豚肉を投入。軽く塩をふって焼く、焼ながら胡椒を適量ぱぱっと、良い感じになってきたら裏返して焼く。いいところで刻んでおいたにんにくをパパッと入れて更に少し焼く。香りが立って来たら野菜をいれて更に炒めるパパッとひっくり返しながら混ぜてできあがり。

「出来上がり。大き目の皿を取って。個別にしちゃうと冷めるのが早いからとりあえずまとめて置いておくよ。村上これをそっちに置いといて」

「はいよ」

「次は麻婆豆腐……」

ちょっと迷ったけど

「一通り炒める系の作業は体験してもらったし、これはオレがやっちゃっていい?説明しながらやってると野菜炒めが冷めそうだから」

3人が頷いたので。ぱぱっと作る。フライパンを軽く洗ってからサラダ油をひき、まずは豚ひき肉を炒める。十分に炒めたところで先に作っておいた合わせ調味料を入れて火をいれ分離した油が透き通った赤になったところで中華スープを足す。火を弱めふつふつと煮立ってきたところで先に温めておいた塩水で軽く茹でて水きりしておいた豆腐を入れて弱火で火を通す。塩コショウで少し味を調えて溶かした片栗粉を回しいれ、とろみが出たら。

「ほい、完成。取り分けるから器だして」

と言っていたら向こうで悲鳴が上がった。

見ると野末が頭を抱えていた。

「とりわけておいてくれる?ちょっとあっち見てくる」

助けに行こうとしたところで、その隣のグループから真由美が向かった。何か話している。お、ハンパに残った豆腐と自分のところの野菜炒めを少し持って行ったな。どうやら野末のグループは味を濃くしすぎたってところか。野菜炒めと豆腐を追加して少し味を薄めるのかな。食べられるくらいにはなるか。真由美が味見をして少し顔をしかめたけど、このくらいで仕方ないかって顔だな。野末とグループメンバーが真由美にすっげぇ感謝してる。そこまで見届けて自分のグループに戻った。あれ?料理が?

「料理は?」

ハッとした顔でこっちを見た3人がすごく気まずそうな顔をした。

「その、ごめんなさい。ケイ君があっち行ってる間に味見だけと思ったんだけど、箸が止らなくて」

「で、この短時間で4人分を3人で食っちまったと」

「「「ごめんなさい」」」

材料はもう残ってないなぁ。溜息ひとつついて

「まぁ食っちまったのはどうにもならんけど、先生にサンプルは渡したか?」

「それは、最初に」

「じゃ、いいや。そのかわり今日は3人で学食おごれよ」

昼飯を3人におごらせて済ませた。

陸上部まで終わりいつもの4人で座っての雑談の中で

「そういえば今日の調理実習で野末のグループで悲鳴が上がってたの真由美が助けにいったみたいだったけど、どうだったんだ」

「野菜炒めで塩を入れすぎたんだと思うけど、とても食べられない塩辛さになってたのよね」

そこまで言って真由美が顔を赤くした。

「くくく、そりゃ助けにも行くよな」

「もうケイ言わないでよ」

そこに幸枝が不思議そうに口を挟んできた

「なんで、それだと真由美ちゃんが助けに行くの」

「そりゃ他人事じゃないもんな」

雄二もニヤニヤしている。

「実は中1のときの調理実習でさ、真由美も同じ事やったんだよな」

「いやぁ言わないでぇ」

「で、オレに泣きついて来て『なんとかしてぇ』って、本当に涙目ですがりついてきたもんだから……うぐぅ」

真由美がオレの口を手で塞いだ。

「わがっだ、ぼういがないから、ばなしでぐべ」

「ケイ、暴露して良いことと悪いことがあるんだからね」

「でも真由美はもう料理上手なんだから……はいわかりました言いません」

真由美の氷点下スキルが立ち上がりそうだったのでそこでやめた。

「「「「……ぷ、はははは」」」」

結局4人で大笑いしてしまった。

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