第120話

土曜日、部活を終えたオレ達は一旦家に帰りシャワーと着替えを済ませて駅前で待ち合わせをしていた。今日は身体を動かすので動きやすいように汗で透けるのを意識してインナーに白Tシャツと白のカットソーを合わせ、ボトムは薄手のストレッチデニム。汗をかくのは分かっているので一応黒のTシャツと赤黒の長袖ウェスタンチェックシャツを着替えようにバッグに入れている。さすがに真由美よりは準備に時間が掛からないので今回は先に待ち合わせ場所に着いた。真由美が先だと色々トラブルがありそうだからホッとする。具体的に言うと『ナンパ』とか『ナンパ』とか『ナンパ』が……ついでにいうと『ナンパに切れた真由美』が一番面倒なんだよなぁ

そんな事をぼうーっと考えながら待っていると

「ねぇ、君これから時間ある?」

ん?と見ると軽いウェーブの髪を少し茶髪に染め、落ち着いたピンクのブラウスにふわっとしたブルーのミニスカート、やや派手目だけれどそれなりに整った見た目の多分大学生くらいの女の人。

「すみません、待ち合わせなんで」

「相手の人まだ来てないんでしょ。具合が悪くなった事にでもして一緒に遊ぼうよ」

「いえ、まだ待ち合わせ時間前ですし、待っているのは彼女なんで」

と、そこに

「ケーイ、おまたせー」

嬉しそうな笑顔で声を掛けてきた真由美。

「大丈夫、大して待ってないから」

笑顔で迎えて抱き寄せる。

「じゃぁそういうことなんで失礼します」

ひと声掛けて離れる。

「な、なにあの美少女。負けた」

そんな声が聞こえてくるがスルーして。

「真由美行こうか」

「ふーん、綺麗なおねぇさんに声掛けられてうれしそうね」

「勘弁してくれよ。断っていたんだから。それに真由美のほうが何倍も綺麗で可愛いぞ」

「そ、そんなこと言っても……」

顔を真っ赤にして反論しようとする真由美にさっきの逆ナンしようとしてきた女性の最後の呟きを伝える

「さっきの人も真由美をみて『美少女』『負けた』って言ってたの聞こえなかったか」

「え?そんなこと言ってたの」

「真由美はオレから見てだけじゃなくて、他の人から見ても綺麗で可愛いんだよ。あのくらいの女の人が一目で負けたって思うくらいにはね。オレにとってはもっとだけど。だから自信もって。それにオレがあんないきなりの逆ナンに引っかかるような男だって思ってる?」

「ごめん。ちょっと嫉妬しちゃったみたい。でもそうよねケイがあんな逆ナンに引っかかるわけないよね。あれだけ一生懸命のさっちゃんでさえ振ってるんだもの。うん、納得した。」

「じゃ、納得してもらったところで行こうぜ。ひさしぶりのちゃんとしたデートで楽しみでしかたなかったんだからな」

「うふふ、あたしだって今日のことは楽しみだったんだから」

そう言って定位置の左腕にぶら下がるように抱きついてくる。今日の真由美は半そでのブルーラインのボーダーシャツにネイビーのショートパンツでスポーティなコーデだ。いつもより少し大目の肌見せが刺激的で目をうろうろさせてしまう。

「今日はスポーティなコーデだな」

「えへ、そりゃスポルトーチャとは言っても身体を動かすからね。いつもよりは少し動きやすい格好してくるよ」

「うん、でも真由美にはそういうのも似合うな。可愛いよ」

ついぽろっと本音を漏らすと、真由美が胸に頭をぶつけてきた

「いつも言ってるでしょう、不意打ちはダメだって。ドキドキしちゃうんだから」

そんなやりとりのあと改札を通り電車で隣町へ移動した。

「初めて来たけど結構でかいな」

「思っていたより大きいね。ちょっとびっくりかも」

「入口はあっちか」

手をつないでふたりで受付を済ませ

「最初は何しよう」

「普段やらないスポーツやろうぜ」

「普段やらないって。何かあるかな」

「あ、ほらテニスやってみないか」

テニスのインドアコートを見つけたので真由美を誘ってみる。オレも真由美も道具を使うスポーツはあまりやってきていない。どんなになるのかドキドキしながらコートに入る。じゃんけんでサーブは真由美から

「いくよぉ」

真由美の元気な声で始まる。真由美も最初はおっかなびっくりでサーブをいれてきた

「お、ちゃんと入ってきた」

オレもとりあえずで返す。何度かラリーをしていると

「そこ」

ちょっとした浮き玉を真由美がスマッシュで打ち込んできた。かろうじてラケットに当てて返すと今度はネット際でボレーで落としてきた。

「おいおい、いきなりだなぁ。もう少し慣らしてから……」

あ、何故か真由美のスイッチが入っていた。

「わかった、ここからはマジモードな」

そういうと真由美が嬉しそうにエンドラインまで戻った。

そこからはカップルではなく、そこにはふたりのアスリートがいた。1時間近く打ち合ったオレ達はコート横のベンチに並んで座っていた。

「結構マジにやったなぁ」

「ふふ、テニスも楽しいね」

「まぁあのあとの周囲の目はあれだったけどなぁ」

テニスが本職で無いとはいってもそれなりのアスリートが本気で打ち合っていれば、いわゆる遊びやデートのそれとは音からして違うし気合の入った掛け声も周りから浮く。気付いたときにはそんなオレ達のコートを外から眺める観客が集まってしまっていた。恥しくなったオレ達はテニスは切り上げベンチに引っ込んで今は休憩中というわけだ。

「ちょっとドリンク買って来る。真由美は何がいい?」

「ん、アクエお願い。なかったらスポドリならなんでも」

「オーケー。買ってくる」

自販機前でドリンクをふたり分購入し、戻ろうとふと見ると、『ご自由にお使いください』の表示。そこには保温器・保冷器がありおしぼりの表示があった。暖かいものと冷たいもの両方を2つづつ持ち真由美のもとへと戻った。

真由美は4人の男女に囲まれていた。ナンパとも違うし比較的穏やかな雰囲気だったので、普通に近寄り。

「真由美、ドリンク買ってきたよ。それとおしぼりがあったから借りてきた」

「あ、ケイありがとう」

「んで、この人たちは?」

軽く苦笑しながら

「なんでもさっきのあたし達のテニス見てたらしくて、いろいろ聞かれてるの」

「いろいろって?」

「テニス経験はあるのかとか、どこの所属なのかとかね」

「オレ達はテニスは経験ないですよ。なので所属も何も」

と言うと、中の一人の男性が

「いやいや、あれだけ打てて未経験とか無いでしょ。動きも速いし、彼はスマッシュを打たないとか少し手加減してはいたようだけど、それでもちょっと素人には思えなかったよ」

「あぁ、スピードに関しては一応オレ達陸上の県上位レベルなんで、あとはお互いそんな高度な技術が無いので正面に返してただけですから」

「そういえばコースつくようなボールはなかったか」

とようやく納得してくれた。なんでも近くのテニスサークルの所属で大会等で見たことの無いオレ達がちょっと素人に見えない打ち合いをしていたので気になったとか。

「テニスサークル、ホワイトグリント?白い輝きか、かっこいいね。でもさすがにテニスまで手を出す余裕はないかな」

苦笑交じりに言うと、真由美も

「そうね。ちょっと無理かな」

「まあ気が向いたら声掛けてよ。君たちなら結構楽しめると思うよ」

そう言って連絡先のメモを置いていった。

「まぁいいや、気が向いたら暇なときに見に行く程度なら良いか」

「それくらいよね。それ以上は無理ね」

「じゃ次いこう。次は何しようか」

「あ、パターゴルフ だって。やってみようよ」


「ボルダリングがあるぞ」

「スラックラインだって」

「キックターゲットも……」

「お、アーチェリーだってさ」


夢中になって散々遊んで気付いたときにはそろそろ7時

「もう7時だって」

「楽しい時間は早いよね」

「軽くショッピングって思ってたけど先に飯にしよう。オレそろそろ腹減ったよ」

そこでシャワーを浴び、上だけ着替えた。スポルトーチャを出て食べるところを探す。今日はカジュアルデートなので、そんなお洒落なレストランではなく近くでファミレスを見つけそこに入った。4人掛けのテーブル席だけど横に並んで座る。

「こういうデートもいいね」

「そうだな、ちょっと昔に戻ったみたいで……」

昔、まだオレ達が8人家族だった頃。ちょっとしんみりしそうになったので

「でも、真由美さぁ、テニスでのいきなりあれは無いだろぉ。なんでいきなりスイッチ入っちゃたんだよ」

「いやぁ、なんとなく?どんなに強く打ってもケイがしっかり返してくるもんだからちょっとムキになっちゃった系?」

こてんと首を傾げてしれっと言う。言ってることは憎たらしいんだけど、可愛いんだよな。なので肩を抱き寄せて頭をワシワシと撫でる。

「もう、抱き寄せてくれるのはいいけど、その撫で方は違うぅ。もう少しやさしく撫でて」

ぷくっと頬をふくらませてオネダリする真由美が可愛くてこれは逆らえない。やさしくなでなで。ちょっと周りを見回してこっちを誰も見てなかったので『ちゅ』ほっぺにキスしちゃう。

「もう、ケイってば不意打ちはダメだって言ってるでしょ」

そう言いながら、真由美もオレのほっぺに来るかと思ったら『ちゅっ』唇にきた。

まさかの反撃にちょっとひるんでいると、

「えへへ、最近ケイにやられっぱなしなのでお返し」

「真由美、顔真っ赤」

真由美かわいいなぁ。そんなことをしていると注文した食事が来たので食べながらおしゃべり。部活のこと映画のこと最近読んだ本のこと顔を引きつらせたり、笑ったり照れたり楽しく食事を済ませ

「ちょっとスポルトーチャで長く遊びすぎたな。ショッピングはまた今度でいいか?真由美は何かすぐに欲しいものある?」

「ううん、大丈夫。今日はウィンドウショッピングのつもりだったから平気よ」

「じゃぁ少し歩こうか」

夕暮れの街は少し喧騒に包まれ、それでいて少し優しい雰囲気があった。そこをゆっくり歩く。ようやく歩けるようになったなと少し感慨深く思いながら

「こんな雰囲気もいいな」

「うん、なにかやさしいね。でも大丈夫?」

真由美がオレを気遣ってくれる。そう花火大会の日にはまだ少し危なかったから

「うん、いまのところ大丈夫みたいだ。真由美が、みんながオレを立ち直らせてくれた。やさしく包んでくれたからかな」

ちょっと気障だっただろうか。

「よかった」

真由美が定位置の左腕を離し抱きついて来る。抱き返しながら、目的の場所についたので

「真由美、みてごらん」

そこはイルミネーションで彩られた街並み。色とりどりの光が街を照らし街路樹を彩る。

「わぁきれい。ここってこんなふうにしてたのね」

「ふふ、ここに来る道をわざとこれが見えない通りを通ってきた甲斐があったよ。ここが一番綺麗に見える場所なんだって」

「すてきね。ケイが夜の街でまたこんなふうに歩けるようになって、しかもケイがあたしの彼で、あたし幸せよ」

真由美を改めて抱き寄せ

「オレも、真由美と一緒にいられて幸せだよ」

見つめ合いどちらからともなくキスを交わし抱き合った。


「時間は平気?」

「うん、大丈夫よ。ケイと一緒って言ってあるから。そうね10時くらいまでに帰れば大丈夫かな、いえ、なんなら泊まりでも……」

言いかけて真由美はワタワタと挙動不審になる

「くくく、無理しなくて良いよ。いつかは真由美の初めてをもらいたいと思うけど、前にも言ったけどまだオレ達には早いと思ってるから」

「ん、でも。ううん、ケイはあたしとしたくないの?」

「え、それ聞くの?」

「だって、あたしはケイとしたいもの。ケイとひとつになりたいって思うもの。それってあたしだけが思ってるの?」

「オレだってめっちゃしたいにきまってるだろ。必死にガマンしてるんだから。でもまだダメだよ。もしもを考えると真由美を傷つけたくない」

真由美の頭から背中をそっと愛情を込めて撫でた。

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