第108話

翌日、オレは朝から(早朝ではない)アップルパイを焼いていた。勉強の合間のおやつに良いかなってね。奈月はそんなオレにベタベタくっついてきている。本当に立ち直るまでは多少の接触も受け入れるつもりではあるけれど……。背中から抱き着いて

「にぃ、ちょっとこっち向いて」

「なんだ」

向いた途端に『チュ』キスしてきた。まぁキスくらいは今更なので受け入れつつ

「今いろいろで手も汚れてるから、それだけな」

えへへと機嫌よく笑う奈月に、とりあえずホッとしつつアップルパイの2ホール目を準備する。人数も多いから1ホールじゃ足らないのは目に見えている。

アップルパイを焼き終わったらクッキーも焼くつもり。勉強中にも軽くつまめるのでクッキーは秀逸。今日のクッキーはチョコチップクッキーの予定。

予定したお菓子を作り終えて、片付け着替えをすませ、リビングでマッタリ中。ソファにゆったり座ってテレビのバラエティを見ている。横には嬉しそうに奈月がオレの右腕を抱えてくっついている。

「にぃ、ねぇさっきは手が汚れているからって言ったけど、今なら良いでしょ」

と言って右腕を離して抱き着いてきた。優しく抱き寄せ頭を撫でると。目を細めて猫みたいに顔を胸に擦りつけてくる。

「にぃ大好き。にぃがあたしの事、妹としてしか見て無いことは分かってる。でもしばらく我侭聞いてね。あたしがにぃを卒業できるまで」

「大丈夫、大事な……大事な奈月のためなら多少の我侭は聞くさ」

途中『大事な妹だから』と言いそうになってやめる。今はこれは言わないほうが良いだろう。

「にぃありがとう」

ついばむようにキスをしてくる。やさしく受け入れ頭から背中を撫でると、奈月は安心したように胸に顔をうずめてきた。そのままみんなが来るのを待っていると

『ピンポーン』ドアチャイムが鳴った。そっと奈月を離し確認に向かうとスクールバッグを抱えた真由美だった。

「おはよ。今日は頑張ろうな」

「うん、やるからには徹底的にやるからね。ちゃんと教えてよね」

ふんすとばかりに力瘤を見せ付ける真由美。

「いや、やるのは宿題だからな。力は別に……まぁいっか。とりあえず、そこのテーブルに残ってる宿題を出して。もう先に始めていこう。あ、そういえば雄二は?」

「兄貴はなんか飲み物買って来るって」

「そか、それは助かるな。お菓子はアップルパイとクッキー焼いてもう1品別に作ってあるけど、飲み物は欲しいからな」

「ケイのアップルパイ!!」

「はいはい、休憩時間にみんなでな」

そうこうしている間に、メンバーが揃って勉強会というか真由美の宿題やっつけ会兼奈月の強化勉強会みたいな感じで始まった。

それぞれの手元に飲み物とテーブルの真ん中にクッキーの入った皿を置いて、軽くつまみながら進める。ダイニングテーブルで真由美と奈月を中心に勉強、サイドテーブルにレイさんと葉子さん、それにそのとき手の空いているメンバーが入っておしゃべりをしている。10時開始予定だったけれど、真由美が少し早めに来たので9時半頃から始めて今11時過ぎ、そろそろ休憩に良い時間だろう。

「じゃぁ少し休憩しようか」

「「はーい」」

「アップルパイを準備したからテーブルあけてね」

ガタッ、ガタッ、ガタガタ……

なんか凄い勢いでテーブルが空いた。少し苦笑いしながら中央に8分割に切ったアップルパイを置く。それぞれに取り分けて……

「あぁもう、あと1ホール焼いてあるから焦らないの」

あいかわらずオレと雄二が1切れを食べている間に女性陣は2切れを食べ切り3切れ目を前に睨み合っていた。まぁそうなるかなぁとは思っていた。5人の女性陣の前に残る『4切れ』のアップルパイ。つまり1切れ足りないわけで……

「はぁ、まぁこうなるとは思ってたけどね」

そこでキッチンから6cmサイズのアップルパイを持って行く。

「ひとりはこれね」

「もらい」

一瞬で掠め取ったのは奈月。我が妹ながら切り替えが早い。

「まぁ中身は一緒だからね。量も大体一緒くらいだし。見た目だけの違いだよ」

一応苦笑しながら説明しておく。なんにしても、こんな奪い合うくらいに気に入ってもらえたのは作り手としては嬉しい。

「午後のお茶の時間用には抹茶のロールケーキを作ってあるからね」

そう言うと

「にぃ、そっちはあたしも知らない。いつの間に作ったの?」

「昨日の夜にな、奈月が寝てから。ロールケーキなら割と作りやすいからね」

なにやら微妙な顔をしているレイさんと葉子さんに

「どうしました?抹茶嫌いでした?」

「その、美味しすぎて我慢が出来なくてカロリーが……」

「何言ってるんです、ふたりとも空手で身体動かせば、このくらいのカロリー消費すぐでしょ」

ぱっと明るい顔になるふたりを見て、やっぱり女性だよなぁ……

休憩時間なので当然のようにアップルパイを食べ終わった真由美がオレの左側にもたれかかってくる。だいぶ頑張ってたので少し甘やかそう。

「がんばったな。だいぶ進んだじゃないか。やっぱり真由美はやれば出来る子なんだよ」

言いつつ、軽く抱き寄せた。

「ふえ?」

突然の事にちょっと驚いたような真由美だったけれど、すぐに表情を蕩けさせ

「うん、がんばった」

そう言って目を閉じた。いわゆるキス待ち

「おい、ここにはみんな居るんだけど」

この場でそこまでするつもりは無かった。真由美はパチっと目を開け、上目遣いに

「ダメぇ?」

ここでそれは反則。周りを見回すと、当然注目の的。キラキラした瞳で見ている奈月。羨ましそうに拗ねている幸枝。ワクワクして見ているレイさんと葉子さん。あ、雄二だけは目をそらしている。さすが我が親友。って当たり前か親友と実の妹のキスシーンなんか見たくないか。とりあえず誰も止めてくれないと……

まぁいいや、別に真由美とキスするのが嫌なわけじゃ無いというよりむしろしたいし。そこで真由美を更に抱き寄せ、キスをした。ついばむように、擦り合わせるように、お互いを感じられるように抱き寄せ口付けを交わした。しばらくキスを楽しんでいると

「あんたたちいつまでしてるのよ。いくらなんでも私が可哀想でしょうがぁ」

幸枝の魂の叫びにビクっと身体を震わせて。そっと離れ目を合わせた後、幸枝に向かって

「「なんか、ごめん」」

その後なんとか宿題の処理を再開し

「オレはそろそろ昼飯を作るから抜けるね。なにかリクエストあるかな。一応卵料理のつもりで準備してるけどバリエーション的なもので」

そこでシュパッと手を上げたのは奈月

「にぃ、フワフワ卵のオムスパナポリタン食べたい」

「お、いいですね。ケイ君のオムスパナポリタン。美味しそうです」

幸枝、現金すぎるだろ。クスリと笑いながら。

「他にリクエスト無ければメインはオムスパナポリタンにしますね」

「「「はーい」」」

「あ、夏なんでピリ辛にしようかと思うんだけど、辛いの苦手なひといる?」

葉子さんは

「平気です」

「むしろ好きです」

レイさんは辛いもの好きと

「幸枝は?」

「えへへ、実は……」

「あ、苦手だった?なら」

「いえいえ、totoいちのカレー5辛クリアしたので今度6辛に挑戦できるんですよ」

「つまり……」

「辛いの大好きです」

「オーケー。ピリ辛くらいにしようかと思ったけど、みんな辛いの好きそうなんで激辛のちょい下くらいにするね。幸枝の分は激辛にする?」

「え、1人分だけ味変えられるんですか?」

「まぁ1人分程度なら。それぞれみんな別々にって言われるとちょっと手間だけど2種類にする程度なら平気だよ」

「それじゃ激辛でお願い」

「あ、じゃぁ私も激辛でお願いします」

「レイさんも激辛ね。他の人は激辛ちょい下でいい?totoいちの2辛と3辛の間くらいのつもりだけど。激辛は4辛くらいかな。こんな感じでどうかな?」

「ケイ君そんなに細かく調整できるの?」

「ん~まぁ大体だけどね」

「にぃの料理はチートだから」

「チート言うな」

奈月にお約束のチョップをして

「あとは、蒸し鳥とカイワレのサラダと冷製ポタージュかな。みんな体育会系だから量は多めが良いよね。ご飯が出来るまで真由美の宿題と奈月の受験勉強お願いしますね」


まずポタージュを、ジャガイモをレンチンしておいて、バターを加えた玉ねぎに塩コショウして玉ねぎが透明になるまで炒めてっと、ジャガイモを入れて水とコンソメ追加して少し煮る。良い感じに煮えたところで十分にミキサーにかけて滑らかにして裏ごし。牛乳を加えてひと煮立ちっと。大きめのボールに氷を入れて鍋ごと冷やして置く。時々氷を入れ替えながら次の料理を作る。ちぎったレタスにコールスローを加えてカイワレをたっぷり、そこに予め蒸しておいた鶏胸肉を裂いてトッピング。ドレッシングはどうしよう。夏だから酸味があった方がいいかな。梅干から種をとってしっかり潰して、醤油、バルサミコ酢、ヨーグルト、ん~本当は甘酒が欲しいけど、無いから砂糖で良いか。あと少しだけ水を加えて良く混ぜる。梅肉ドレッシングの完成。

次はメインのオムスパ。まずはナポリタン。普通のナポリタンにピーマンの代わりにシシトウを使って唐辛子を少々トッピング。激辛好みの2人分には唐辛子を多めにして。ナポリタン完成。

卵・牛乳・砂糖少々・塩少々をホイップしてオリーブオイルとバターをたっぷりしいたフライパンに注ぐ。軽く動かしながら焦げ目が着かないように焼いて適度に固まったらナポリタンの上にのせて行く。キッチンではここまで。順番に作って行くけど全部出来る前に声を掛ける。

「よーし、そろそろ出来るよ。テーブルの上あけてね」

全部完成する頃にはテーブルがあいていたのでそれぞれの前に皿を置く。

「とろフワのオムスパナポリタンと蒸し鳥とカイワレのサラダと冷製ポタージュ」

そう言いながら、オムレットの上をナイフで裂いてトロっとあふれさせる。

「これで完成。オムスパが冷めないうちに食べてね」

「「「おぉすごい」」」

「レイさんと幸枝のオムスパは激辛だから特に気を付けてね」

声を掛けるまもなく

「「「「「「いただきまーす」」」」」」

「ん~、おいしい」

「おぉ辛うま」

「ケイ君このサラダのドレッシングは?」

葉子さんが聞いて来たので

「うん、夏だしちょっと酸っぱめの味が良いかなって梅・醤油・バルサミコ酢・ヨーグルトに砂糖で味を調えた自家製ってか即席ドレッシング」

「これもレシピ無いの?」

「無いですねぇ。味の足し算引き算しただけです」

答えながら、自分でも料理に口をつける。うん、どれも良い感じに出来てる。満足しながら食べていると。

「ケーイ、あーん」

真由美がフォークに絡めたナポリタンを差し出してきた。

「ここでそれやるの?」

「えへへ、あーん」

まぁいっか

「あーん」

食べさせてもらって、当然お返しだよな

「ケーイ」

ニコニコしながら期待の目で見てる

「ほら、あーん」

「うん、もぐ……。おいしぃ」

目を細めてご満悦な真由美の頭をなでなで。オムスパをあーんしあって食事を進めると。あ、やっぱり。生暖かい目で見ているメンバーとオコの幸枝

「あなたたちは、なんでそうナチュラルに私の目の前でそこまでいちゃつくですかぁ」

「ん~、幸枝もそんなに怒るなよ。ほらあーん」

「え、え、良いの。わ、うれしい。あーん」

一口でニコニコになった幸枝。ちょっとチョロ過ぎない。

「にぃ、あたしも」

あ、そりゃそうなるか

「あぁ、ほらあーん」

「んふふふ。あーん」

奈月も嬉しそうにニコニコしている。でも知ってるからな、奈月はさっきまで雄二とあーんしてたよな。

そんなふうになんとか和やかに食事を終え。後片付けをと思ったら。

「「後片付けくらいはさせてくださいね」」

ということでレイさんと葉子さんにお願いして食休み中。定位置の左に真由美が抱き着いていて、抱きつくまではしないけれど右側に幸枝がぴったりくっついていて、ちょっと落ち着かない。

「なぁ幸枝、そんなにくっつかれると落ち着かないんだけど」

「えぇ、このくらいまでなら良いでしょ。真由美ちゃんも怒ってないし」

「そこにオレの意思は?拒否権は?」

「「無い」」

真由美と幸枝の声がハモった。

「「あははっは、ケイ君て身内にはヨワヨワねぇ本当に」」

レイさんと葉子さん、あなた達本当に気があってますね。そんなセリフまで揃いますか。

食休み後は、きっちり勉強をして午後のティータイムの抹茶ロールケーキはなんとか上手く分けて、夕食のハンバーグまでしっかり食べてもらって1日のスケジュール終了。

「真由美、かなり進んだだろ」

「うん、もう残りちょっとだけ。この調子でいけばあと半日もあれば終わるかな」

「で、だ。宿題以外の勉強は?」

「うん、ちゃんとやってるよ。自分で計画してやる勉強の方が楽しいね」

「お、それは良い傾向だ。これからどんどん成績あがりそうだ」

「みんな今日はありがとうね。そして明日もお願いします。多分あしたで終われるのでそこまでお願いね」

「「「「まーかせて」」」」

その日はそこまでで終わり。翌日半日頑張って真由美の宿題は完成した。

みんなでハイタッチしたのは謎テンションだったからだろうなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る