第105話

クラウドマウンテンを降りたところで真由美が雄二と話に行った。奈月はオレに抱きついたままなので、軽く抱き寄せて頭を撫でてやる。

「今回はどうした?急に甘えてきたからビックリしたぞ」

「最近にぃ成分が不足してる。にぃ成分を補給したくなったの」

原因を本人も分かってない感じかな。少しスキンシップをとりながら甘やかすか。

「にぃ成分ってなんだよ。単に甘えたくなっただけだろ」

ぷくっと頬を膨らませて

「違うもん。にぃ成分はにぃ成分だもん。甘えるのとは別なの」

もう何を言っているのかわからんが、まぁいい。ナデナデしていよう。よく見ると目が充血して赤い。目の下にうっすらと隈が見える。寝不足か……

しかし、オレは大切な妹のそんな事も見落としていたのか。

「奈月、勉強も頑張ってるみたいだけど、睡眠はちゃんと取っているか?」

「うん?ちゃんと寝てるよ。寝不足はお肌の大敵なんだから」

そう言いながらオレの胸に顔をぐりぐりと擦り付けてくる。

オレ達ふたりの様子に何かを感じ取ってくれたようで他のメンバーはそっとしておいてくれている。やはりみんな優しくて良い友人たちだ。しばらくそうして

スキンシップを取りながら甘やかしていると

「うん、だいぶにぃ成分補給できた。みんな待たせちゃったね。ごめんね」

「いやぁなっちゃんのケイ君への甘えっぷりとケイ君のなっちゃんの甘やかしっぷりが尊くて拝みそうになったよ」

「レイさんそこ何か違いませんか?」

「クスクス、あたし達だって女の子ですからね。そういう感覚はありますよ。おふたりの様子はやっぱり尊いという言葉が一番ぴったりですね」

「葉子さんまで」

さっきのオレの感動を返してくれ。ふと見ると幸枝が何やら難しい顔をしている。

「幸枝どうした?」

「え、なんでもないですよ。別になっちゃんがケイ君に抱き寄せられて、頭ナデナデまでしてもらって羨ましいとか考えてませんから」

「それテンプレすぎるだろ。幸枝も色々我慢させちゃっててすまんな」

「うわ、ケイ君がデレた。これはチャンス?チャンスよね。ケイ君彼女にして」

「そこで告白に続けるの?ダメだからね。いい加減諦めて」

「そこは『しかたないなぁ。2番目だよ』って言って受け入れるとこでしょうがぁ」

「前から言ってるだろうが、オレの心の中に彼女の席は1つしかないの。そこには真由美がいるの。諦めて」

そのやり取りを見ていた奈月が

「にぃ、花火の時にもあったけど、このやりとり何回やってるの?」

ちょっと空に目をそらして

「あぁ大体週に2回くらい?」

「じゃぁもう30回目くらいなの」

目を丸くする奈月に幸枝が

「いえ、実は今回が記念すべき50回目でした」

「そんなに?」

「えぇ、毎回結構良い雰囲気の時に告白しているのに1回もOKしてくれないんですよ。1回くらい受け入れてくれて良いと思うんですけどね」

「それ1回でもOKしたらダメなやつだろうが」

「あの海の時は惜しかったと思っているのですけど……」

危なかったな確かに、うっかり勢いで頷きそうな雰囲気はあった。あれを自然に断れた自分を褒めてやりたい。

「海でだって普通に断っただろうが」

そんな話をしながら次のファストパスを確保した後でレストランに向かう。この遊園地は基本的に持ち込みNGになっている。園の雰囲気を維持するためとの事で、飲み物やちょっとしたお菓子以外でそれを破る人はほぼ居ない。オレ達もそれで近くのレストランを選んだ。選んだレストランは洋食系で遊園地がモチーフにした小説のイメージにそったファンタジックなメニューになっているようでネットでちょっと見ただけだと良く分からなかった。そこで

「レストランで実際に見ながら選ぼう」

ということになった。

移動中も奈月は雄二の横に行かず、オレの右腕に抱きついたままだ。これはかなり来てるかな。たぶん1日2日ではどうにもならない感じかな。少し時間掛けて相手してやろう。方針を決めて奈月の頭を撫でる。嬉しそうにネコのようにスリ寄ってくる。

昼食は普通に美味しかった。まぁ普通のオムライスにクラウドマウンテンの闘鳥ライスとかわけの分からん名前をつけてるだけだった。

昼食までオレにべったりで気が済んだのか、その後は奈月は雄二に抱き着いていった。

「雄二は何か言ってた?」

「うん、兄貴が言うには、最近ケイと遊べないとか、前はなっちゃんが居たところにあたしが居てちょっとケイに甘えにくいとかこぼした事があるみたい。あと、ちょっと言いにくそうだったんだけど……」

そこで真由美はちょっと言葉を切って、言いよどんだ。

「けど?」

続きを促してみると

「あのふたりキスをまだしてないみたい」

「は?合宿に行く朝とか……」

「ううん、そういうホッぺにとかは普通にっていうか、しょっちゅうらしいんだけど、唇どうしのキスは、兄貴がしようとしてもなんか避けられちゃうんだって」

「あれだけ仲の良いカップルでそれはちょっと不思議だな」

「うん、だからひょっとしてって思ってることがあるって」

「ひょっとして?」

「なっちゃんさ、ケイにべったりだったでしょ。今でも結構……だし。それにケイとあたしが付き合い始めたときに冗談めかしてだけどお妾さんにしてとか言ってたでしょ。さすがにお妾さんってのはあれにしても、実は結構ケイの事を本気で異性として好きなんじゃないかと思うの。で、それがブレーキになって唇へのキスはってなってるんじゃないかな。あ、もちろん兄貴の事が好きなのは間違い無い。それは普段を見ていれば分かるの。なのでちょっとフタを開けてあげれば良いだけなのかなって」

「フタを開けるってどうするんだよ」

「ん~、ケイがなっちゃんとキスするとか」

「おい冗談だよな。さすがに妹とキスって……」

「あたしは結構本気で言ってるよ。それになんでか不思議なんだけど、なっちゃんとケイがキスって想像してもあたしの中に嫉妬みたいな感情が浮かばないのよね。他の女の子とケイがって思うと嫉妬とか色んな感情が凄い事になるのに」

「……」

「たぶん、何かのきっかけでケイを卒業する必要があるんだと思う」

「そか、とにかく、少し奈月を構う時間を取るように心がけるよ。ありがとう」

そこからは宇宙船での旅をモチーフにしたコースターで幸枝がオレと乗ると言って真由美と小競り合いをしたり、トイレに行った真由美が方向音痴スキルを発揮して行方不明になったりと些細なアクシデントはあったものの楽しく遊んだ。

夕方になり、そろそろ帰りを意識し始めた頃に

「ねぇ観覧車乗ろうよ」

奈月が提案してきたので、最後に乗る事にした。ちょっと真剣な顔で

「にぃと真由美おねぇちゃんと、あたしの3人で乗りたいけどダメかな?」

まぁそのくらいと了承して観覧車に乗ると、奈月が改まった態度で

「にぃ、真由美おねぇさん。今日はわがままいっぱい言ってごめんなさい。でもあたしも色々思うところがあって、その確かめたかったの」

真由美が引き継いで

「なっちゃんがケイを男の人として好きだってこと?」

驚いた顔で奈月が

「おねぇさん気づいてたんだ」

「そりゃね、あたしたち生まれてからずっと一緒に居た幼馴染よ。しかも女の子同士だからね。まぁケイは気づいてなかったし、兄貴も最近やっとそうじゃないかって感じ始めたところみたいだけどね」

「そっか分かっちゃうか。でも、おかしいでしょ。実の兄を異性として好きになるなんて。普通じゃないよね。でも雄二さんを好きな気持ちもウソじゃないの。一緒にいると暖かい気持ちになるし、幸せだし」

「でもケイの事が引っかかって先に進めないのね」

真由美の一言に奈月は言葉を返さずただ頷いた。

「なら、ケイと少し進んじゃいなさいよ」

「え?」

「ケイと、キスでもしてみたら?なんならその先でも、あ、ただし赤ちゃん作るようなとこまでは行っちゃダメよさすがに」

「でも、おねぇさんは良いの?」

「ん~、なんかねぇなっちゃんがケイとそういう関係になったってのを想像してもなんか納得するだけで嫉妬とかそういう感じしないのよね。だからあたしの事は気にしないで良いから」

ここまでオレは何も言えないでいた。だいたい何が言える?奈月がオレの事を男として好き?今までもオレの事を好きだって言ってたけど、あくまでも兄としてだと思っていたんだ。混乱しているオレをよそに、ふたりの話は進んで行く

「ほら、今から1分くらいは他の乗客からは見えないよ。キスしてみなさい。ケイも逃げない。なっちゃんのためなんだから」

どん、とオレを奈月の方に突き出しながらそんなことを言った真由美は

「ほら、あたしはしばらく目を瞑っているから、耳も塞いでいるから」

「にぃ、ごめん。でもこの気持ちは消せなかった。フタを出来なかったの」

飛びついて抱きついて来る奈月を思わず抱きとめ

「オレも気づいてやれなくてごめんな」

「ううん、でも今だけ。おねぇさんがくれた1分だけ私のわがままを聞いて」

そういうと奈月はオレに顔を近寄せてきた。

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