第91話

「「「こんにちわ、お世話になります」」」

「おぉよく来たね。待っていたよ」

オレ達を出迎えてくれたのは、昔と変わらない祖父母の笑顔だった。

「景と奈月が来てくれるって聞いて、祐も恵も楽しみにして待っているよ。ふたりとも居間にいるからお仏壇にお参りしたら、行っておいで」

ビクッとしてしまった、そうだったお仏壇があった。まだお墓でないからプレッシャーは小さいけど、ウッカリしていた分動悸が治まらない。そんなオレに気づいたおばぁちゃんが

「大丈夫かい。無理はしなくて良いからね」

と声を掛けてくれたけれど。オレは深呼吸をしてなんとか落ち着きを取り戻し

「ううん。大丈夫。お参りさせてもらうね」

横では奈月がオレの手を握ってくれていた。

「奈月もありがとう。大丈夫だから」

他人が見たら滑稽なほど臆病だろう。でも他人になんと思われようと、少しずつ乗り越えて、今オレは間違いなく幸せだって言えるんだ。だから親父に墓参りで報告できるように、前を向くんだ。

仏壇の前で正座をするオレ。金の縁取りに金字で戒名の書かれた黒い位牌がある。うん、大丈夫。蝋燭の火で線香に火を灯し炎を振り消し、立てる。『チーン』涼やかな輪の音に気持ちを込めて目を閉じ拝む。

『オレは前を向けたよ。色々報告したいけど、それは明日にするね、父さん』

目を開け、奈月と場所をかわる。奈月はわりと平静にお参りをしていた。どんな気持ちで、何を話しているんだろう。でも、これはオレ達兄妹が少しでも前を向けた証。素敵なことだと思う。そうしていると奈月もお参りを済ませたようだ。

「さ、行こう、久し振りに祐にぃと恵に会えるね」

祐にぃ恵、オレ達の従兄妹、山田家の兄妹で兄の祐は高校3年、恵は中学3年のはず。あの事件までオレ達は凄く仲が良かった。あれ以来会っていないけど、昔みたいに話せるかな。少しだけ不安になりながら居間に向かった。

「「こんにちわぁ。久し振り」」

「「いらっしゃい。ケイ、奈月来てくれて嬉しいよ」」

あぁここにも優しい空間があった。ちょっとウルっときてしまった。

「ケイいきなり泣くなよ。せっかく来てくれたんだから。オレ達はふたりが乗り越えてくてくれたことが凄く嬉しいんだぜ」

「「祐にぃ」」

それからオレ達は会えなかった間の事を話し、空白の時間を埋めていった。

「じゃぁ景は彼女が居て、それなのに何故かハーレム主人公してるのか」

「祐にぃまでハーレム言わないでくれよ」

「でもさ、その葵ちゃんだっけ?そんなドラマチックな出会いをしたら相手がよほどの不細工だってのならともかく景にぃでしょ女の子だったら誰でも恋に堕ちちゃうよ」

「めぐぅ。そのあたり回避できないか?オレは告白受けるのは幸枝だけでもいっぱいいっぱいなんだけど。あんな真剣な思いを断るのはツライ。何より真由美にストレスになるのを避けたい」

「うん、無理。どうしても回避ってのならその子が高国に来れない事を祈るのね」

「?高国に合格するかどうかと何の関係があるんだ?」

「にぃ、真由美おねぇちゃんと恋人になって女の子に気遣い出来るように進化したのに、それが分からないの?」

奈月の突っ込みが痛い

「まさか、夢見る乙女の運命的な?」

「「ぴんぽーん、正解」」

「にぃってさ、実の妹のあたしが言うのもなんだけど相当にスペック高いの自覚してる?」

「う、最近ちょっと自覚しはじめました」

「最近ってちょっとって。良い?普通の男の子は運動で県大会入賞なんか出来ないの。高国高校入学できるのは上位7%以上の好成績が必要なの。KKシーズンとコラボ出来るボーカルなんて県内で何人もいないの。しかもにぃって無自覚だけど見た目もかなり整っているのよ。性格も穏やかで優しいし。つらいときには包み込んでくれる包容力もあるし。なんなら真由美おねぇさん以外見ない一途なところもプラスポイントなんだからね。しかもいざとなった時の強さもあれでしょ。にぃにガードしてもらった時どれだけ安心感あるか分かってる?むりやり欠点上げるなら一部女子が気にする身長が低いってことだけど、それだって実際に気にする人は少数だし、逆にプラスポイントにする女の子だっているのよ」

「おぉおう、なんか圧が凄いな」

「あたりまえでしょ、今言った条件はね、一つ一つならある程度いるの。それは確か。でもね、全部ひとりが持ってるって普通はありえないんだからね」

ふぅふぅと奈月が興奮状態で言い切る。

「そんな奇跡な高スペック先輩が命を救ってくれました。それまで考えて居なかった高レベルの高校を目指すきっかけになってくれました。そしてその先輩の高校の後輩になれました。て、なったらそりゃ堕ちるわよ。完堕ちよ。合格したその日に告白しにくるわよ」

「でもなぁ今更来るななんて言えないしなぁ」

「当たり前でしょ。本人の進学なんだから。諦めて突撃が無い事を祈るのね」


「そろそろ迎え火焚くよ、みんな出ておいで」

おばぁちゃんが呼んだのでみんなでゾロゾロと出て行く。

庭先に迎え火の準備がされていた、焙烙の上に置かれたオガラが何か不思議だ。

迎え火の後は夕飯を食べた。その時に奈月がオレの料理が美味しいとか言い出して泊まっている間に一度ご馳走することになっていた。まぁお世話になっているわけだし一度くらい良いかと思って

「いいよ、何かリクエストあったら出来る範囲でこたえるよ」

奈月がニマニマと嬉しそうにしていたので、そのうち何か言ってくるんだろうな。

明日は墓参り、父さんに今のオレを報告するんだ。ちゃんと前を向けたよって、幸せだよって、安心してくれって。

ちょっと泣いて寝た。

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