第88話
翌朝、真由美と幸枝は病院近くのコンビニへ朝食の買出しに行った。オレ用にも少し買ってきてくれるように頼んだので病院食だけの味気ない朝食でなくて済んだ。おれ自身、別に病気という訳でもないので食事制限などされていないからそのあたりは勝手にさせてもらった。
食事が終わり、朝の巡回で
「うん、特に問題は無さそうですね。このまま退院で結構です」
退院準備をしていると
「おにぃちゃん、もう退院なの?」
昨日の子の声がしたので振り返ると、そこにはピンクのワンピースに白いカーディガンを羽織った女の子がいた。隣には昨日の女性もいたので本人に間違いはなさそう。『女の子だったんだ』思わず言いそうになった失言は心の中に沈めて
「うん、先生がもう大丈夫だって言ってくれたからね」
「ね、おにぃちゃん。お名前教えて。私は海名葵って言います。中学3年生です」
中3か、昨日はボーイッシュな格好で、もう少し幼そうに見えたけど今は歳相応に見えるな。
「葵ちゃんか。可愛い名前だね。オレは伊藤景。高国高校の1年生で陸上部と軽音部に所属しているよ。一緒に来ているのも高国の同級生だよ。こいつが森川真由美。オレの彼女。で、こっちが加藤幸枝。3人とも陸上部の仲間」
そう言えば真由美は軽音部は仮入部のままだな。
そう言うと、葵ちゃんは
「高国って、伊藤さん優しくて、頭も良いんだ。そりゃ彼女もいますよね」
優しいの部分は特に引っ掛かりがあるけれど、否定するのも違う気がしたので
「葵ちゃんは、中3ってことは今度受験だね。志望校はもう決まってるの?」
「ううん。まだ。そうだ、高国ってどんな高校ですか?」
「どんなって。そうだねぇ。なんというか自由かな」
「自由ですか?」
「そう、授業は難しいし、宿題も結構ハードだけど、先生もいちいちあれやれこれやれ言わないし、色々な活動が生徒の自主性にまかされている。まぁその分自分で全部責任をもってやらないといけないけどね。やることやっちゃえばこうして海に遊びにも来れるし、陸上部では河口湖近くのホテルで合宿もしたんだよ1週間。な」
それを受けて真由美が答えてくれた。
「うん、練習はまぁうちは強豪校じゃないからそれなりだけど、活動は楽しいよ。合宿のときの写真もあるけど見る?」
「あ、見せてください」
「あれ?陸上部って言われましたよね」
「えぇそうよ」
「それなのに一番最初がギター抱えて歌っている写真ですか?それにこれ電車の中じゃ?」
そこに割り込んできたのは幸枝
「それはねぇ電車にうちの部員以外いないタイミングがあったので、このふたりにちょっと歌ってもらったのよ。あ、葵ちゃんはKKシーズンて知ってる?」
「あ、知ってます。こないだのライブ初めてチケットが手に入ったので行ってきたんですよ。素敵なグループですよね。でもそれが?」
「クスクス、なんとこのふたりはそのサブメンバーなんだよ」
「えぇ!!優しくて、頭良くて、音楽まで」
「加えていえば、ケイ君と真由美ちゃんは中学時代は県大会上位常連のアスリート」
「なんですか?そのラノベ主人公みたいなチート属性は。は、まさか」
「まさか?」
「伊藤さん。ハーレム属性持ってたりします?」
真由美と幸枝が吹き出した。
「「ハーレm……ぶふふ」」
ふたり揃ってお腹抱えて笑っている。オレは憮然として黙って居るしかない。きょとんとした顔で葵ちゃんが聞く
「どうしたんですか?」
それには笑いすぎて涙目になった真由美が
「ありすぎて笑ってるの」
「えぇ?彼女さん的には平気なんですか?」
「そうねぇ。今の所ケイに寄ってくる女の子がみんな良い人なので気にしてないかなぁ。今更だし。それにさっちゃんもケイに何度も告白してるしねぇ」
今度は幸枝が吹き出した
「ちょ、ちょっと真由美ちゃん。そこであたしの話を出すのはちがくない?大体全敗なんだし。泣いちゃうよ。泣いてケイ君に慰めてもらっちゃうよ」
葵ちゃんはビックリしたような不思議そうな顔で
「真由美さんは、本当に平気なんですね」
「今はね。ちょっと前までは……」
「そうよね、ケイ君に女の子が寄って行ったら物凄い勢いで殺気振り巻いて威嚇してたものね」
「さっちゃん、それさっきの仕返し?仕返しだよね。あたしも泣いちゃうよ。あたしが泣いてたらケイは全力であたしだけ構うからね。良いんだよね」
もうどうにでもしてくれ。
そのあと合宿の写真を見せながら、オルゴールの森での新郎新婦が素敵だったとか、パラグライダー体験も面白かったとか突発のSJとのコラボミニライブもと言いながら、ここの写真だけは見せないように全力で隠した。不思議そうな顔をした葵ちゃんをごまかしながら楽しかった合宿の話をした。
そんなタイミングに看護士さんが
「あ、伊藤さんそろそろ部屋を空けてくださいね。退院の手続きは窓口で、お金は交通事故扱いなので伊藤さんは不要です」
と伝えてくれたので、荷物を纏めて窓口に移動する。
手続きも全部終わり、そろそろ帰るかと言うところで
「伊藤さん、わたし、高国を志望してみようと思います。いまでは模試の偏差値57くらいで全然ボーダーに届いていない私ですが来年は後輩になって見せます」
「うん、がんばれ、そのくらいの成績なら今から頑張れば十分間に合うよ」
「あれ?無理だって言われるかと思いました」
「う、うん目の前に成功サンプルがいるからねぇ」
と真由美に視線を向けると。目をそらされた。目をそらしながら真由美は
「本当にいつの間にハーレム属性を身に付けたのかしらね。これで鈍感系だったら最強主人公よ」
なんとなく察したけど今は鈍感系になることにした。
「じゃぁまたね。今度会うのは高国の校舎でだよ。頑張ってね」
「「またね、受験頑張って」」
手を振って分かれ、オレ達は帰路についた。
「ケーイ、あんたもう節操無しのハーレム体質になっちゃったね」
「え?オレのせいなの?違うよね。オレ一度も自分からってないよね」
「でもさぁ、ケイ君。女子大生、幼馴染、同級生、先輩に今度は年下よ」
「いーわーなーいーでー。頭抱えちゃうからぁ」
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