第86話

昼食を終えたオレ達はしばし食休みとしてビーチ脇の木陰にレジャーシートを敷いてのんびりしている。が、おかしい。

レジャーシートにノンビリ横になっているオレ。これは別に変じゃない。そこにオレのお腹をマクラにして横になって寛ぐ真由美。まぁ幸枝がいる状態でこれはどうかっていうのはあっても恋人という関係性からすれば許容範囲だ。オレの太ももをマクラにして寛ぎ真由美と談笑している幸枝。うん、どうしてこうなった。

10分ほど前、食事を終えて海の家を出てきたオレ達はこの場所に来たわけだが

「ここのあたりが木の影になってて風も通るし良いんじゃない?」

オレの提案に

「うん、ビーチも見えるしリラックスできそうだね」

「気持ちの良い場所ですね。気に入りました」

真由美も幸枝も異論は無い様で、そこに少し大きめのレジャーシートを広げた。

「ケーイ、ここに横になって」

「え?その向きで横になったら場所取りすぎるだろ」

「良いからぁ」

真由美のオネダリに言う通りにすると。さっそく真由美がオレのお腹をマクラにして横になった。そして

「さっちゃんは、ここねぇ」

と示したのが、オレの太ももなわけで

「え?でも良いんですか?真由美ちゃん公認でケイ君に膝枕してもらえるって嬉しいけどでも……」

「いいから、いいから。今日のあたしはそういう気分なの」

で、冒頭の状況なわけだけれど。

「なんか良いですね。真由美ちゃんが正妻で私がお妾さんで二人仲良くケイ君と一緒にいるみたいな感じで」

「それわかるぅ。やっぱりケイはあたしが一番じゃないと嫌だけど、さっちゃんとは仲良くしていたいし」

オレはわかんねぇよ。どういうんだよこの状況。まわりを見渡せば遠巻きにこちらに視線を向ける人たち。怨嗟や嫉妬・羨望の視線や、こちらを見ては自分のパートナーに何やら視線を向ける人たち。かといって現状からの脱出方法は思い付かない以上受け入れるしかないのだけれど。ほんの半日前まで真由美の独占欲って凄かったよな。少なくともオレが幸枝の頭撫でたってだけで怒るくらいには。それがなんで自分から一緒にオレをマクラにして寛ぐ判断になるの?食事時の幸枝の『あーん』だってそうだ。前なら全力で威嚇してたよな。

「喧嘩したりしてるより良いか……」

分からないものは分からない。そのうち分かるものなら分かるだろう。必殺先送り。


1時間ほどグダグダとのんびりしたあと、

「ねぇそのあたり少しお散歩しない?」

真由美が可愛くオネダリしてきた。おれとしては異論は無いので

「いいね、少し歩こうか」

「さっちゃんも行こう」

今日はどうも真由美が幸枝に甘いらしい。そこでふっと思い出した。『私だって女子高校生なんです、好きな男の子との思い出のひとつくらい作らせてくれたっていいじゃないですか』そうか、真由美は、あれを気にしてるんだな。真由美の優しさを想い、ほっこりしていると。

「え、私も一緒で良いんですか?今日真由美ちゃんケイ君とふたりきりになってないじゃないですか。少しはふたりでデートしてきてくださいよ。その間は、私はナンパ避けに海の家でのんびりしてますから」

こういう、お互いがお互いをライバルと認めながら優しさをもって接している。そんな優しい女の子から好意を向けられているオレって本当に幸せ者だな。

幸枝を海の家まで送ったあとオレと真由美は海辺をブラブラと散歩している。さすがに水着のままというわけにはいかず、真由美は水着の上にパーカー、オレは長袖のラッシュガードを羽織っている。当然真由美は定位置のオレの左腕に抱きついている。

「海風ってちょっとしょっぱくないか?」

「えぇ、なによいきなり」

「ん~なんとなくさぁ、今口開けたらしょっぱい感じがしたんだよね」

「あはは、へんなの。あーん。あ、本当にちょっとしょっぱいかも」

「だろだろ、ちょっと新鮮じゃね」

そんなバカ話をして笑いながら歩いていると、何か聞こえた。

「あれ、何か聞こえた?」

「え、気付かなかったけど……あ、何か苦しそうな声」

「ひょっとして病人?」

オレと真由美は見つめあった後、声の聞こえたほうに歩いていった。徐々に声は大きくなってきて

「うぅぅ、あ」

何かうなされているような声

そして木の陰に……

オレ達は一瞬フリーズした。そしてそのふたりと目があい

「「ごめんなさい」」

ダッシュで離れた。

「はぁはぁ、まさかあんなところで昼間からしてるとは思わなかった……」

まだ心臓の鼓動が激しい。

「そうよね、びっくりしちゃった」

なんとなく周りを見回した。今いるのは林の少し奥まった場所で周囲からはほとんど見えない。

「オレは最後までするつもりはない、でも。やっぱり真由美が欲しい」

「うん」

真由美は短く答えてくれた。

お互いの身体と心を重ねるように抱き合った。キスを交わした。全身にキスの雨をふらした。何度目かの首筋へのキスをすると

「つっ」

真由美が小声で痛みをうったえた

「あ、ごめん」

「大丈夫、ちょっとチクっとしただけだから」

そこを見ると。

「ごめん、キスマークつけちゃったみたい」

小さいけれど間違いない赤い跡が付いていた。

「クスクス大丈夫よ。あたしがケイのものって印だもの」

そういうと真由美はオレの首筋にキスをしてきた。チクっとした痛みがあった。

「これで、ケイはあたしのもの」

どうやらオレの首筋にもキスマークがつけられたようだ。でも

「印なんか無くてもオレは真由美のものだよ」

「わかってる。でもこれは他の女の子への威嚇なの。あたしの彼に手を出すなってね」

真由美はクスクスと悪戯っぽく笑った。

「そろそろ戻ろうか」

そういうと真由美はもう一度抱きついてきてキスをねだってきた

ひとしきりキスをして満足したオレ達は海の家に戻った。

「さっちゃん。ありがとう」

真由美が幸枝に礼を言っていた。俺からも一言

「うん、良い思い出が出来たよ。ありがとう」

それを聞いた幸枝が

「え、しちゃったの?大人の階段登っちゃったの?」

これには笑ってしまって

「違う違う、二人きりでちゃんと向き合えたから」

半分本当半分嘘。でも今はこう言うしかないかな。

「よかったぁ、あ、ごめん、そういう意味じゃなくてその……言葉にするのが難しい、私とふたりの関係が終わってしまうんじゃないかって怖くて、私、ずっとケイ君にアタックしてますよね。でも最近この関係もとても居心地がよくなってしまっていて……」

「ふふふ、オレも一緒だよ。オレがこれを自覚したのは期末テストが終わった頃かな、こんな関係がすごく居心地がよくて幸せだってね。何度も告白してくれてそのたびにフッている幸枝には申し訳ないとも思うけど、俺も今の関係がすごく好きなんだよね」

「実はあたしも、さっちゃんがケイにアタックして、それにあたしが怒って、でもさっちゃんはまたアタックして……そんな怒ったり笑ったりしてる今が凄く楽しいの」

オレ達は顔を見合わせて一緒に笑った。三人の絆みたいなものが深まったような素敵な気持ちよさを感じた。

そこに真由美が爆弾を放り込んできた

「よし、それじゃケイ。さっちゃんと1時間だけデートしてあげて」

「「は?」」

「さっちゃん、海でケイとふたりきりの思い出が欲しいって言ってたでしょ」

「でも」

幸枝も困惑気味だ

「でも、キスまでしかダメだからね。それ以上は許しません」

「いいの?」

「うん、さっちゃんの気持ちも分かるし」

「おい、そこにオレの意思は無視か?拒否権とか無いのか」

「無いよ。そんなのあるわけ無いじゃん。ケイはさっちゃんをエスコートして思い出を作ってあげて。でも分かってるよね。キスまでだからね。それ以上は……」

「あぁもう、わかった。じゃぁ1時間だけデートしようか。って言っても散歩くらいしか出来ないけど。真由美とは西に向かって歩いたから、反対の東のほうを散歩しよう」


で、幸枝とふたりで散歩している訳だけれど……

気まずい。なんというか自然に話せない。話の接ぎ穂が見つからない感じ、こういう時には天気の話題から広げてみるにトライ

「今日は天気が良くてよかったな」

「そうですね」

おい、何か少し広げてお願い。いつもの幸枝はどこいった?と顔を覗きこむ。真っ赤な顔でいっぱいいっぱいなのがよくわかる。了解。そういうことね。片手で海水を少しすくいとり、

「えい」

幸枝にしずくが跳ねる。そんな大量じゃないからちょっと冷たい程度だ

「ふえぇ」

幸枝が驚いた顔をする。

「くくく、隙ありだ」

「もう、ケイ君いきなりすぎです」

頬を膨らませて抗議してくる。そして

「そういう人には、こうです」

幸枝が海水を手のヒラで飛ばしてくる

「うわっぷ。ひでぇ。オレそんなに飛ばしてないぞ」

「ふふふ、倍返しです」

「よぉし、ならこうだ」

更に掛ける。

「こっちこそ」

しばらく水のかけっこをして遊んで

「うあぁ水浸しだよ」

「ケイ君が始めたんじゃないですか。小学生ですか。ふふふ。でもありがとうございます」

色々スルーして

「それでも、この季節だと気持ちいいなぁ」

「そうですね、来て良かったです」

クスクスと笑いあい

「ほら」

手を出す

「え?」

「デート。なんだろ?」

「デートですね」

「手をつなぐくらいはするんじゃないか?」

おずおずという感じで手を出してくる幸枝の手を握って。

「行こうか」

そこからは他愛の無い話をしながらしばらく歩いた。

水際を歩いていると、岩場に出た。

「へぇ、こんなところに岩場があるんだ」

「ちょっと向こうまで行ってみませんか」

ふむ、少しはいつもの調子になったかな。

「オーケー行って見ようか」

ひょいっと足場を見つけて飛び

「ほら」

手を出してサポートしつつゆっくり進むと

「おぉ?なんか凄いな。海岸の洞窟?ちょうど砂が溜まっていい感じの広場になってるな」

「うわぁ凄いですね。少し奥に行ってみませんか」

手をつないで奥に入っていくと奥は海水が溜まったのか下りになった洞窟が水でいっぱいになっていた。

「行き止まりだね」

「そうですね」

しかたなく振り返ると

「おぉ、これはこれで……」

「素敵なロケーションですね」

洞窟の先に少し低くなって太陽が水面を照らし、波がキラキラしていた。

「少し座ろうか」

「はい」

並んで座り、なんとなく景色を眺めていると

「ケイ君」

「うん?」

「今日は、ありがとうございます」

「別に大した事はしてないぞ」

「それでもです。私が春に告白して。はっきり断られましたよね」

「お、おぅ。今更それ言う?」

「クスクス。それからも陸上部のマネージャーになって付きまとって。そして何度も告白して、今のところ全敗ですけど、これからもずっとアタックしますのでよろしくお願いします」

「あぁまぁオレとしてはそろそろ諦めて欲しいんだけど」

「嫌です。ケイ君。好きです。初めてあったときより今のほうが好きです。こうして一緒にいるだけでどんどん好きになっていくんです。真由美ちゃんの次、2番目で良いので彼女にしてください」

「無理。ごめんよ、オレの彼女って席はひとつしか無いんだわ。そこに大好きな真由美がいる以上幸枝と付き合うことは出来ない」

「はぁ、このシチュエーションでもダメですか。ここは雰囲気でオーケーするところだと思うのですけど」

「ごめんな」

「良いです。まぁ分かっていたことではありますので」

それでもオレは少しだけ幸枝の肩に手を置き軽く抱きよせ、しばらく並んで海を眺めていた。

どのくらい経ったかなんとなく雰囲気が弛緩したのを感じ

「そろそろ帰るか」

「はい」

岩場を渡って戻り

「その岩の向こうあたりからビーチかな」

「そうですね」

「おっと、足元気をつけろよ」

「ケイ君」

「ん、なんだ?」

振り返ると、幸枝の顔がすぐ近くにあって。『チュッ』頬にやわらかいものが当った感触があった。

「な、幸枝なにを」

「真由美ちゃんからはキスまでならと許可はもらいましたけど、でもさすがに唇へのキスは申し訳ないのでこれで我慢します」

呆然とするオレに

「さ、戻りましょう。真由美ちゃんが待ってます」

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