第73話
「悪いけど頼むね」
「まっかせなさーい、ばっちり舞台栄えする超絶美少女真由美ちゃんに仕上げてあげるからねぇ」
さすがに女子部屋には入りにくいので入口での会話だ。幸枝に真由美の化粧を頼んだのだ。そうしたところ、別の女子から
「ケイ君はメイクしないの?」
「は?オレが?なんで?」
「知らないの?ステージでは男の人も普通はメイクするものよ」
背中を嫌な汗が伝うのを感じた。
「それはプロだとか、そうでなくてもでっかいステージでの話しですよね」
「むしろ小さい舞台のほうがしっかり顔が見えるからメイクしたほうが良いと思うんだけどなぁ」
この小悪魔め、どうにかして逃げ道を塞ごうとしてきやがる。
「そ、それにしたって男性用のメイクですよね」
「大丈夫、大丈夫、大した違いないって」
く、こいつらこないだの話の流れをまだ持ってきてやがるな。これはやるって言ったらいつの間にか女装までもっていかれるパターン。なんとか回避を・・・
「と、とにかく真由美のこと頼んだぞ幸枝」
逃げ・・・え?肩を掴んでいるのは、京先輩、何故あなたが敵に回るデスか。あなたにだけは逆らえないの分かってて?オレ泣いちゃいますよ。
「ケイ。テレビとか見てみなさい。ビジュアル系バンドなんか男性がほとんど女装みたいなメイクから衣装で出演しているでしょ。普通度よ普通」
ここに白旗を掲げ敗北を受け入れた哀れな男がひとり。
オレは今絶賛先輩女子のおもちゃになっている。え?まずは洗顔?泡泡の洗顔フォーム?保湿で?は下地?何それ。ファンデーションって?知らないものをガンガン塗られる。いや実際は目の細かいスポンジみたいなものでポンポンと軽く叩くようにされているんだが??な、何?まぶたに何か塗られたぞ?えアイシャドウ?舞台だから派手なのがいい??はぁ?まるで分かりませんが。ちょ、ちょっと痛いっす何か金属のこてみたいな道具でまぶた挟んで?えそれは失敗?本当は睫毛だけ挟むの?次は何そのトゲトゲした綿棒見たいなの。え?目を閉じるなってそんな無茶な怖いぞ普通に。
・
・・
・・・
何?カラコン?そこまでやるの?もう何でもコイヤ。
はぁカツラ?え、あう、すみませんウィッグっすね。そんなものまで合宿にもってきてたっすか?女子って大変ですね。
はぁこれで頭部は完成ですか。
ほっとしたのもつかのまメジャーを持った女子がせまってくる。何を測るの?え?肩幅?37センチ?何その怒りの目は。あなたが勝手に測ったのでしょう。怒りながらなに次は胸囲ですかさすがに小柄っていっても男ですからね82センチ。別におっぱいはないっすよ当然でしょ。あからさまにほっとするのはやめて。次はウェスト?そこまで測るの?62センチ?なんですかその絶望したような顔は。あなたも陸上部なら中長距離走選手は全般に細身だって知ってるでしょ。何?短距離から中長距離にかわる?どうぞどうぞ、仲間は多いほうが嬉しいですから。あ、でもくっつくのはダメですよ。オレにくっついて良いのは真由美だけです。次点でギリ幸枝がたまになら真由美が許してくれますが。で?今のは何のために測ったの?え衣装?そんなの頭部だけでカンベンして普段の服でいいでしょ。え許してくれないの・・・何そのヒラヒラした服、せめてスカートはやめて、お願い。パンツで?何?そのウェスト余るのに丈が足りないって泣かないでくださいよ。泣きたいのはオレのほうです。
散々弄られまくり完成したらしい。何か先輩達が遣りきった感だしてるんですが。
え?鏡見ろ?で、お決まりの台詞を準備しとけって?なんですかそれ
あれ?周りで絶望したような顔で三角すわりしている女子が多々いるんだけど、何?オレ何か悪いことした?
で、姿見の前に連れて行かれたんですが
「・・・・・誰これ?」
桐原先輩が何かキラキラした目で見てくる。京先輩は笑いにきたつもりが絶句してる感じだ。
姿見に映っているのは結構な美少女???えマジ?コレおれなの
桐原先輩がつんつんと何かを促してくる。え台詞ですか?紙を渡された。コレ言うの?桐原先輩の強い頷きにやむをえず
「これが、わたし?」
あ、あちこちで女子が悶絶してる。なんだよ、もういい開き直った。羞恥心なんか投げ捨ててやる。
「真由美は?」
声を掛けると、幸枝の声が答えた
「今ちょうど出来たところよ」
出てきたのは、ちょっと派手目のメイクでキラッキラになった真由美。うんやっぱり可愛い。
「あれ?ケイ君の声がしたと思ったんだけど」
幸枝が戸惑っている。あ、真由美も周りを見回しているな。うむ、これはこれで面白いかもだ。もう少し放置してみようかと思っていたが、桐原先輩が
「伊藤君は目の前にいるよ」
真由美と目があった。あ、なんかちょっと理解の兆し?幸枝を見るとハッとしている。こっちはどうやら気付いたようだ。
「ふん、先輩達にいじくられまくって美少女に変身してしまったよ」
声を掛けると、ふたりで吹き出した。真由美が笑いをこらえながら
「な、何が美少女に変身よ。た、確かにそうだけど。くくぅ、自分で言っちゃう?」
「うるせ、もうここまで来たら羞恥心は投げ捨てた。1周回って楽しんでやんよ。それより、そろそろ時間だろ、行くぞ」
真由美と手をつないで今日の会場のカラオケルームにいくと。部屋の前にはどこから持ってきたのか看板型の黒板が置いてあって可愛いイラストと一緒にPOPが踊っていた。
『SJ+KEI&MAYUMI。SJとあの幻のボーカルKEIがコラボレーション。1夜限りの幻のセッションをお届けします』
すげぇ煽りだな。引かないか?SJはまぁKKシーズンクラスってことならわからんでもないけど。オレはしょせんはしょせんなんだが。まぁいい。今日は開き直ると決めたんだ。
「真由美行こうか」
「うん」
「長瀬さんお待たせしました」
向こうをむいて何かを弄っている長瀬さんに声を掛ける。長瀬さんは作業を続けながら
「うん、大丈夫。コレで最後だから。ケイ君と真由美ちゃんは舞台袖で待機してて」
「「はい」」
あえて暗くなるようにしてある舞台袖で真由美と二人で待機。
「ねぇ向こうのメンバーにケイのその姿見せてないけど大丈夫かな」
「まぁサプライズだ」
ふたりでクスクスと笑いながら時間までにチューニングと軽い発声練習をする。
時間になると照明が落ちステージ部だけがライトアップされる。おぉこのカラオケルームってすげぇ本格的なんだな。そこに長瀬さんが登場して
「こんばんは、今日は突発のミニライブです。偶然出あった僕らSJと幻とまで言われたボーカルケイのセッションをお楽しみください。まずは素敵なカップルデュオです。ケイ&真由美」
そこで一旦ステージ部も照明が最低限まで落とされる。俺たちはステージ中央に立ちギターでの前奏を始め、デュエットで歌う、最初のワンフレーズを歌ったところでステージに明かりがともる。
1曲歌いきったところで
「ケイです」
「真由美です」
「ふたりは、ギターは始めてまだ5ヶ月ですが、頑張って歌いますので聞いてください。2曲目は・・・」
ステージと客席の明るさが違いすぎるので客席の表情までは見えないけれど、聞こえてくる声と雰囲気は悪くない。ただし
「カップルデュオって言ったよな。百合?百合カップルなのか」
とか
「すげぇふたりともマジ可愛い、告っていいかな」
とかちょっと誤解がやばめな奴もいるから終わったら何か対策しないとかもしれん。
だんだん客席も盛り上がってきたところでオレ達の持ち時間が終わった。
「さぁ次はSJさんの登場です。よろしくお願いします」
と声を掛けて袖に下がる。すれ違いながらSJのメンバーから色々声が掛かった
「ケイ君マジ?」
「そっちじゃないよね」
「そんな特技があったの」
・・・
そしてサスガの盛り上がりで仕上げ
「さぁ最後は未公開オリジナル曲。ケイの声があってやっと出来上がったファンタジーレインボウです」
MCの間にオレ達は舞台センターに飛び出す。ちょっとはっちゃけてバク転でステージに上がってみた。もう既にオレも真由美もテンションマックスだ。
SJのすばらしいバックがイントロをあでやかに描き出す。ギターとキーボードの涼やかなメロディに乗せてふたりの声がハーモニーを奏でる。真由美とオレの目と目があい、見つめあい歌い上げる。もう周りなんか見えない至高の空間でふたりが声を合わせ歌いきり。その感情のまま抱き合い口付けを交わす。SJが最高のエンディングを奏で曲が終わる。数瞬の痛いほどの静寂のあとの歓声と拍手にやっと自分達の状態に気付きバッとはなれるふたり。
長瀬さんの終わりの挨拶があり少しずつ観客が外に出て行く。
「ケイ君、真由美ちゃん。すっごいテンション。練習をぶっちぎる出来だったね」
「あはは、今日はもう思いっきりはっちゃけちゃいました」
苦笑するオレに
「で、本当にケイ君と真由美ちゃんなんだよね」
「そうですよ。見れば・・・あぁそっか。見ただけじゃ分からないっすよねぇ」
「今日の客ってケイ君のこと間違いなく女の子だって思ってるよ。どうしたのそれ?」
「あぁこれはうちの先輩女子の暴走の結果です。ステージでは男もメイクするものだと言って謎理論と欲望のままに女装させられました。いままで女装なんかしたことなかったですよ」
「まぁおかげでってのもあるかな、こんな美少女がふたりでのツインボーカルで盛り上がってくれたしねぇ。まぁひとりは中の人が男だってのは内緒がいいかね」
笑いながら、
「食べ物や飲み物を準備してあるから軽く片付けしたら打ち上げをしよう。あとね、今日のセッションは最初から最後までブルーレイに高画質録画してあるから」
オレと真由美が羞恥に崩れ落ちたのは言うまでも無い。しかも
「うん1部づつ上げるけど、さすがにこのセッションの映像をなしには出来ないかなぁ。わかってる、他には絶対に回さないから。約束する」
最高の思い出と最大の羞恥でミニライブは幕を下ろした。
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