第71話
「・・・・」
ロビーのソファーに腰を下ろしてすでに5分は経っている。新見さんは、話をしたいが、どう言ったらいいのか分からないのか、それとも話すこと自体が怖いのか、ずっと黙ったままだ。オレは立ち上がり
「場所を変えますか」
黙ってうなずく新見さん。
ホテルのフロントに頼んで鍵を借り、移動したのはカラオケルームだ。
「ここなら防音になってますから、まず他の人に聞かれることはありませんよ」
「ありがとうございます」
「とりあえずすわりますか」
隅に片付けてある折りたたみ椅子を2脚出してきて1つを新見さんに勧め、もうひとつに腰をおろす。椅子に腰を下ろした新見さんはやっと聞き取れるような声で
「少し昔話をしても良いですか」
「どうぞ」
「昔と言っても、3年程まえの事なんですけどね。私は小学生の頃から続けていた空手で高校3年のときにインターハイ2位になりました。大学に入っても今の空手部に入部し自分が強いつもりになって有頂天だったんです。」
「まぁ、インターハイ2位の実績ならそう思っても不思議はないですし、実際同年代ではかなり強いのでは?」
「えぇ、確かに弱くはなかったと思います。でも、あの時・・・」
「あの時?」
「伊藤君はたしか高国高校ですよね。なら3年くらい前に暴走族があのあたりで暴れまわっていたことはご存知ですか」
ビクリと反応をしてしまう。胸の奥にしまいこんだ痛み。幼馴染2人以外には京先輩にしか知られていない過去のトラウマが刺激される。無理に搾り出した台詞は陳腐な地域の人間なら誰でも知っている一般的な答えだった。
「え、えぇ。かなり悪辣で人を人と思わないあらゆる犯罪に手を染めたグループだったとか」
「当時の友人たちふたりと、私はそんな連中に目をつけられてしまいました」
「それは・・」
「夏休みのある日、私たちはある空き倉庫に誘い込まれてしまいました。あいつらに囲まれ、それでもあたし達は自分の身は自分で守れると思っていたんです。でも、そんなちっぽけな自信は数の暴力の前にはわずかな抵抗しかできませんでした。友人ふたりは、あっという間に叩きのめされ空き倉庫の床に無抵抗に転がされて、なんとか助けようとしたのですが、圧倒的な人数の前に自分の身をまもることさえままならず・・・。友人たちはか細い声であたしに助けを求めていました。そんな友人たちはあたしの目の前で・・・。あたしも最後まで抵抗したのですが、疲労と少しずつ積み重なったダメージで膝をついてしまい。わたしの力なんてこんなものなのか・・と。こんなところで一生消えないものを刻まれてしまうのかと絶望しました」
オレは返事をできない。これはあの夜の、俺の知らない別の悲劇か・・・
「わたしは絶望に目を閉じ。せめてもの抵抗に体を丸め縮こまっていました。でも、いつまで経っても何も起きません。不審に思い、そっと目を開けると10人以上はいたはずのあいつらは一人として残っていませんでした。その時は『助かった』と思いました。友人二人があいつらに女の子として一番悔しいことをされたというのに、自分は『助かった』と思ってしまったのです。それでも警察と消防に電話をしてなんとか助けを呼び、友人たちと救急車である病院に運ばれ治療をうけました。友人ふたりも最悪の事態にはなっていなかったのですが、あれは20にもならない女の子が耐えられるものではなく、ふたりとも心を病んでしまい、ひとりは入院治療中に病院の屋上から飛び降り、もうひとりも退院直後にトラックの前に身を投げました。確かに私たちは調子にのっていたかもしれません。でもここまでされるほどの事だったのでしょうか。あんな命を絶つほどの・・・」
新見さんは、そこで一度言葉を切り、まるで天国にいる友人を懐かしむかのように天井を見上げた。その頬には光る筋が流れ未だに癒えない心の傷が血をながしているかのようだ。
「そのあとしばらく私は無気力に大学生活を送っていました。そして知ったのが自分の空手がスポーツ空手といわれるものであると。そしてもっと過酷な実戦空手があると。そして、あの時私たちが身につけていたのが実戦空手だったらあんな残酷な目に合わなかったのかも・・・。そう考えてしまうと今までの全てが無駄だったかのように感じ、そこから実戦空手に傾倒していきました。そして」
「竜虎杯優勝ですか」
「知っていたんですか?」
「いえ、ネットで偶然みつけましてね」
「それでも・・・そうですね、例えば真由美さんが暴走族の男10人に囲まれ襲われたとしたらどうなります?」
「嫌なたとえですね。ですが、その状況なら真由美は1人2人殴り飛ばしておいてその隙に逃げるでしょうね。そしてあいつなら逃げ切れるだけの足もある。暴走族が車やバイクを動かそうとしている間にどこかに逃げ切っちゃいますよ」
「そうですよね、本当の実戦ならそんな多勢に無勢をまともに受けちゃいけないんですよね。それをあたし達は・・・」
「そうこうしているうちに先日地元に帰った時に妙な噂を聞いたんです」
「噂ですか?」
「えぇ、当時あたしたちが襲われた暴走族グループがあの日に実は壊滅していたと。さらに噂はそれをやったのは4鬼と呼ばれる中学生達だったと。衝撃だった。あの人数をたった4人で壊滅させたの?って。しかも中学生が、どうやってって。でも、他になんの手掛かりもなかった。時間も経っていたし、関係した人たちはみんな思い出したくない記憶だから口が重かったしね。それでも調べたわ。そしてやっとたどり着いたのが、真桜光という実戦空手の双子の兄妹。凄く強くて双鬼と呼ばれ中学生でありながら実戦空手の全国大会で一般の部で4位と5位になったと。でも3年前の夏にいなくなったと。ここで完全に手掛かりが切れたわ。4位と5位じゃ名前も記録に残ってない。私は知りたい。本当にそんな数十人を相手に中学生がたった4人で勝つことが出来るのか。それはどんな強さなのか。そんな風にずっと思っていた。その強さに憧れていたの。そこに現れたのが君たちよ。どう見ても実戦空手の上級者の双子に底知れない強さを感じるその子たちの幼馴染の男の子。気にならないわけがないじゃない。年齢的にも双鬼とは合うのだし」
ここまで一気に話した新見さんは、オレの目をすがるように見てきた。
「あなた達が4鬼じゃないの?」
「4鬼なんて知りませんよ。だいたい4人組を探してるんじゃないですか?オレ達は3人ですよ」
「わかってる。それはわかってるのよ。でも・・・。ねぇ伊藤君。ここでぶしつけなお願いをしてもいいかしら」
「お願いを聞くかどうかは内容次第ですが、話を聞くだけならいいですよ」
「私と立会ってくれないかしら」
ビクッと体が反応する。立会い、それはもはや空手ですらない、そんなもの出来るわけがない。
「答えは、Noです」
「何故?」
「オレだって立会いの意味くらい知ってます。そんなおっかないことごめんですよ」
「なら防具をつけての勝負を」
「なぜそこまでオレに拘るんですか。雄二だって強いですよ」
「分かっています。でも私の中の何かが叫ぶの。彼じゃ無い、伊藤君だって」
「それに、なぜそこまで勝負に拘るんですか」
「そうね、その強さに、圧倒的な強さに叩きのめされたいのかもしれない」
「今のあなたを叩きのめすってのは中々に骨が折れると思いますが」
「うん、私も自分がかなり強いってのは感じてる。でもダメ。これじゃ3年前と一緒なの。これじゃまだ前に進めない」
しつこさに少々辟易としながらも、言葉にならない新見さんの意思のようなものは感じた。それでも戸惑う、躊躇する。手を出していいのか、野良猫に手を伸ばすような感じとでもいうのだろうか・・。そこで気付く、そうかオレは手を伸ばしたいのか。
「今夜0時、このホテルからオルゴールの森方向へ5分ほど歩いた左側の空き地。完全防具が条件」
「ありがとう」
「そろそろ約束の30分です。部屋に戻りますよ」
「真由美も雄二もついてこなくても良かったんだぞ」
「あたしはどんな理由であれケイを夜中に女の子と二人きりなんか出来ないよ」
「はは、僕のほうはもっと実際的な理由さ。何かあったときに救急車くらいは呼べるよ。それに、僕たちが居たほうがケイの鬼は良く寝てくれるだろ」
約束の場所、約束の時間
オレは新見さんと正面から向き合っていた
「完全防具が条件と言っていなかったかしら?」
「そう、それは新見さんへの条件です」
「なぜ」
「オレの中にあるスイッチを入れるためと言っておきます。そうでないと無理です」
オレの言葉が終わる前に新見さんは動いた。先日の空手部の彼女たちとは隔絶した動きでの中段突き。オレはほんのわずかに身を引く。それにより新見さんの突きはオレの胸の5センチ手前で伸びきり止まる。
「ふふ、卑怯だと思う?」
「まったく。むしろ何故中段突きなのかなと。甘いなと思いますね。オレの目に見える範囲からの攻撃じゃないですか。せっかく不意打ちするなら、見えない位置から攻撃しないと」
スッと間合いを近づけ視野を狭め左回し撃ちをコメカミの手前5cmでとめる。
気付いていない彼女に、目線で誘導する。
「え?いつのまに」
「心理的な死角と物理的な死角を合わせて使えばこうなる」
そこからは新見さんの攻撃を全て間合いで無効にし、オレからの攻撃は心理的・物理的な死角から全て寸止めという展開をしばらく続けた。
そしてついに、新見さんの動きがとまり
「ありがとう」
決して満足はしていない感謝の言葉が唇からこぼれた。さすがにこれは気まずいので。
「新見さん、最後に見える位置から1度だけ。よく見てください。右拳です」
間合いは今までより半歩ほど遠いが通常の空手なら最適な間合いだろう。そこから
次の瞬間、新見さんの顔面を守る防具が弾けた。ただし、新見さん自身にはそれほど衝撃はないはずだ。
「ありがとう、ありがとうございます。伊藤君ありがとう」
前面の割れた防具のままに新見さんは、今度こそ満足して感謝の言葉を紡いでくれた。
「ケイ」
「ん、なんだ雄二」
「おまえイケメンすぎ。マジにハーレム作るつもりか?それじゃぁ真由美をやるわけにはいかんぞ」
「なんだよ、それ」
「この鈍感」
左腕にぶらさがった真由美が左わき腹に肘撃ちを入れてきた。
「真由美、さすがに、それは痛いぞ」
「そりゃ痛いようにやったからね」
微妙に拗ねてるなぁ
「まぁこれで心おきなくトレーニングとミニライブに集中できるな」
真由美の頭をなでながら呟いた
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