第70話
夕食が終わり、いつも通り周時高校軽音部と合同練習に向かおうと部屋を出たところに新見さんがいた。オレは溜息をひとつ
「新見さん、さすがに迷惑なんですけど」
新見さんは俯き加減に
「すみません、本当に迷惑なのは分かっています。でも少しだけお話を聞いていただけませんか」
「聞くだけですよ。それに答えを返すことが出来る保証はありません。それでよければ軽音部の練習後、30分だけ時間を作ります。10時にロビーに来てください」
「ありがとうございます」
「結局話を聞いちゃうんだ」
真由美が後ろに来ていた。
「聞くだけだよ。あの話はできない」
「まぁね」
「とりあえずギターの練習にいこう」
周時高校軽音部との練習はなかなかに楽しい。
最初、1時間程度それぞれに練習を行い、その後合同で1曲を仕上げていく作業は高揚感と達成感で凄く満たされる。
真由美も高揚感が限界突破したようで、曲の最後にはオレに抱きついてキスまでしてきた。オレも高揚感のままに受け入れ気付いたときには周りから生暖かい目を向けられていて気まずいことこの上なかった。しかも今日の仕上げとしてビデオが回っていたので大変なことに。確認作業のあと向こうのメンバーに頭を下げてこちらに回収させてもらった。
「いやぁ、すごい仕上がりになったね。だからこそのあのテンションでしょ。あのテンションは二人が行くとこまで行っても不思議じゃ無い感じだったし」
さすがに顔を真っ赤にして俺と真由美は
「曲の世界に入り込んじゃったみたいで、何がなんだか分からなくなってました」
「それであのクオリティの歌なんだから二人も凄いと思うよ」
「あぁそれ多分オレは真由美とのデュオだからだと思います」
「うん、あたしも多分そう、ソロとか他の人とのデュオだとあそこまでテンション上がらないと思う」
「もちろん、みなさんの演奏の完成度あってこそだとも思いますけどね」
「で、君たちの合宿は明後日の午前中までなんだよね」
「そうですね」
そこで少し考えるしぐさをしてた長瀬さんは
「ちょっと待っててもらっていいかな」
「はぁ、少しくらいなら」
新見さんとの待ち合わせにはまだ30分ほどある。
むこうでメンバーとなにやら打ち合わせをして長瀬さんが再度戻ってきて
「明日夕食後に今回の仕上げとして一緒にミニライブをしないか?」
「「え?」」
今回のファンタジーレインボウをメインに、ミニライブ形式でそれぞれ何曲か演奏をしようという提案だった。場所はいつものカラオケルームで、客は基本的にこのホテルに泊まっている各学校の合宿メンバーを招待すると。
「ちょっと向こうで相談させてもらっていいですかね」
部屋の隅で真由美とふたりで話し合いをする。
「真由美はどう思う?」
「ん~まだなんとも、ケイは?」
「そうだなぁ、長瀬さんたちと一緒の演奏は楽しいのは確かなんだよね」
「うん、あたしもそれは一緒。楽しい」
「となると、あとは大勢の人の前でやるの?ってことなわけだ」
「大勢って言っても、あのケイが無理やり引きこまれたKKシーズンのミニライブほどじゃないよね」
「まぁなあ。会場の大きさ的にも全部立ち見にしたとしても最大100人くらいか?」
「だよねぇ、しかも合宿に来ている人だけを対象に急遽だからそんなに大勢にはたぶんならないよね」
真由美と顔を見合わせ
「受けるか」
「うん」
真由美の笑顔で決めたことを察したのか長瀬さんがやってきた。
「決まったかい?」
「ええ、参加させてください」
「じゃぁお互いの細かい曲目はそれぞれで決めるとして、最初に伊藤くんと森川さんで、そうだな4曲くらいを15分でおねがいします。でそこからこちらで4曲演奏して、フィニッシュにファンタジーレインボウで」
「はい了解です」
「君たちは昼間陸上の練習があるだろうから、会場の設営はこちらにまかせて。で、肝心の時間なんですが夕食後一息入れたあとになるように7時開場、7時30分開演くらいのスケジュールでやりたいと思いますが、何か問題はないですか?」
ちょっと考えて、そのくらいのスケジュールなら・・・あ、幸枝の言葉を思い出す。
「オレ達昼間陸上の練習してるじゃないですか」
「うん、そうだね」
「なので、食事後にシャワーと着替え、それに真由美には化粧する時間くらい欲しいので、あと30分ずらして7時30分開場、8時開演でお願いします」
それを聞いて長瀬さんは、ちょっとびっくりした顔をし、それからニッコリ笑って
「そうだね、自分達が昼間ずっとホテルにいるもんだからそのあたり顧慮するの忘れてたよ。うん7時30分開場、8時開演でいこう」
「それじゃぁまた明日よろしくお願いします」
挨拶をして、部屋に戻る。今日はこのあと話を聞く約束をしてあるので新見さんの待ち伏せはないだろうとそのまま戻る。ロビーを通りかかると杉田先輩がソファに座っていた。目礼だけして通り過ぎようとすると
「伊藤」
声をかけられた
「なんですか?」
「すまなかった」
「え?」
突然で混乱してしまった。あの杉田先輩がいきなり謝ってきたってなんだ?
「いつもヘラヘラと軽い感じで練習しているから、おまえのトレーニングがあそこまでハードだとは知らなかったんだ。いや気付かなかった。あれだけのトレーニングがあってのお前の実力だと内藤に資料片手に数字で説明されてな。文句があるな同じ事をやってみろと言われたよ」
「あぁえーと、でその、一緒にやってみます?」
「あはは、カンベンしてくれ。てかおまえあれで何で平気な顔してるんだ」
「慣れです」
「あはは、あれを慣れの一言で済ますとか。分かったもうからまねぇよ。すまなかったな」
それだけ言うと杉田先輩は部屋に戻っていった。
「ケイよかったね」
真由美が優しい笑顔をむけてくれた。
さて、と。色々引っかかったので新見さんとの約束の時間まであと10分。
荷物だけ部屋に置いてくればいいか。
「新見さん」
「伊藤君、無理を言ってしまってすまない」
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