第58話

合宿2日目、オレ達4人は朝食前にホテル近くの体育館に来ていた。約束通り華桜女子大空手部の練習を見に来たのだ。俺と雄二そして真由美は一応体を動かせる格好で来た。加藤さんは普通に私服だ。ゆるふわ系でかわいいじゃないか。本人には言えないけど。そういえばレイさんオレと稽古したいって言ったけど、部のほうは練習って言ったな。

「「「「おはよーございまーす」」」」

揃って挨拶をすると

「あ、おはようございます。さっそく来てくれたんですね」

ニコニコと明るい笑顔でレイさんが迎えてくれた。ちなみにオレ達3人は素足だが、加藤さんはスリッパで入ってきている。

「これからウォーミングアップなので、みなさんを部員に紹介しますね。こちらへ来てください」

見ると体育館のサブアリーナに空手着の女性が整列していた。オレ達はその前に連れて行かれ

「みんなに昨日話した人たちが、さっそく来てくれました。右から伊藤景さん、森川真由美さん、加藤幸枝さん、森川雄二さんです」

雄二にせかされて

「高国高校1年伊藤景です。昨日ちょっとしたことがあり、こちらの菅原レイさん、芳川葉子さんと知り合いまして、誘われたのでずうずうしくも寄らせていただきました。どんなお話が出来るかはわかりませんがよろしくお願いします」

「森川真由美です。ケイと同じく高国高校1年です。よろしくお願いします」

短いな。

「森川雄二、同じく高国高校1年です」

おい、愛想、もう少し愛想。

「加藤幸枝です。同じく高国高校1年です。私たち4人は陸上部所属で、3人は主力選手、私はマネージャーをしています。どんな交流ができるか今から楽しみにしています」

なるほどさすが加藤さん、なにげなく立ち位置を表明したな。

「じゃぁ加藤さんは見学で、伊藤君と森川さんふたりは参加って形でいいかしら」

「えぇ、そのつもりです」

「とりあえずウォーミングアップなんですが、プログラム分からないと思うので、そこはそれぞれでと言う事でいいですかね」

「あぁオレ達はウォーミングアップいりませんので」

ザワッとした雰囲気が流れた。

「えと、どういう事かしら?」

芳川さんの質問に

「まぁなんと言いますか、陸上と違って、こういう事におけるポリシーみたいなものです」

「バカにしてるのかしら?」

「実戦ではウォーミングアップなんかしてる暇ないですから」

「でも練習で怪我なんかしたら実戦どころではないのではないかしら」

「別に、練習前にウォーミングアップすることを悪いと言うつもりはありません。先に言った様に単なるオレ達のポリシーでしかないです」

「ふぅ、わかりました」

ウォーミングアップから基礎型、約束組み手と進む。

そこで声が掛かった

「森川真由美さん?」

「はい、なんでしょう」

「これから自由組み手なんですが、参加しませんか?」

ざわり、空気がざわつく

真由美は、オレと雄二の様子を伺う。

「やりたいか?」

オレが聞くと

「実は、ちょっとワクワクしてる。でもちょっと怖い」

「クラスが大学だからなぁ。おまえ寸止めできたっけ」

「苦手。でも多分このレベルなら・・・」

「ま、やってみたら。ただ怪我だけ気をつけてな」

「ん」

ニコニコしながら前に出て行く。

「どなたが、お相手してくださるのですか」

「私だ。61Kg超級、関東ブロック3位。益田かおる」

「はい、よろしくお願いします」

涼しげな表情の真由美に益田さんの顔がゆがむ

「安全のために私が審判に入ります」

芳川さんが声を掛けた

「森川さん防具つけ方わかる?」

「いりません」

「いや、さすがにそういうわけには」

「不要です。なんなら手による顔面攻撃もありのフルコンルールでもいいですよ」

「芳川、勝手にさせろ。なめやがって、その可愛い顔をぶっつぶしてやる」

「森川さん、本当に良いんですか」

「結構ですよ」

芳川さんも諦めたようだ

「構えて、はじめ」

益田さんが一気に突っ込んだ。正拳突きを顔面にもっていこうとしたようだが

するりとかわした真由美の左回し撃ちが相手の頭部防具の右側面1~2センチのところで止まる。試合なら1本だろうが、これは自由組み手、そのまま続行される。

右正拳が顔面1センチのところに止まる。続いて左裏拳が左側面2センチのところでとまる。真由美の動きに益田さんは1度も攻撃の手が出ない。

「所詮は軽量級。スピードはあってもパワーはないだろう。そんなポイント稼ぎで勝ったつもりになるな」

益田さんが無謀に吼えた。真由美の目が細く鋭くなる。

中段突きが増田さんに入る。まずい、連撃するつもりだ。

「真由美、やめろ」

オレの叫び声に、はっと気付いた真由美が動きを止め、益田さんが崩れ落ちた。

「真由美、戻って来い。おまえはそこまでだ」

真由美は気まずい顔でオズオズと戻ってきた。

「真由美やりすぎ。鬼が顔を出してたぞ」

「ごめん、大した実力も無いくせにイキッてるからつい」

「く、次、森川雄二君頼めるかな」

「僕はいいですけど、本気ですか?」

「無論本気だ」

「次は私だな。女子61kg以下級全国大学選手権2位。久慈元楓」

「よろしく」

久慈元さんは益田さんの愚を犯さず慎重に進めるつもりのようだった。

「来ないんですか?」

雄二は穏やかな声で話しかける

「・・・・」

沈黙で答える久慈元さん

一息で間合いを詰め右回し蹴りが久慈元さんの左即頭部横に静止する。絶句する久慈元さん。足を戻すと雄二の前蹴りが久慈元さんの顎の下に静止する。次は踵落とし、足刀蹴りが胸元に。左後ろ回し蹴りが左側頭部を襲う。反撃の暇無く為すがままの久慈山さん。

「まいった」

「最後、伊藤君お願いできますか」

「悪いけど、俺は空手は出来ないんだよ。だからここには来たけど組み手は勘弁してくれるかな」

「はん、やっぱりそいつはお飾りかい。そんなチビが強い分けないからな」

とたんに後ろで吹き上がる殺気に

「やめろ、伊藤君は見逃してくれると言っているんだ」

「「「新見主将」」」

「数年前に真桜光に双鬼と呼ばれる中学生の双子の兄妹がいた。ところがある噂が流れた、本当は4鬼だと。伊藤君、君が3鬼目じゃないのかい?」

「そんな話があるんですね。初めて聞きましたよ」

「「伊藤君」」

「あぁレイさん、芳川さん。こんなになっちゃいました。すみませんね」

「いや、そんなことはどうでも良いんだ。それより双鬼の話は本当なの?」

「知りません。では帰りますね。あぁ普通に話しかけてくれる分には歓迎しますよレイさん」

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