第51話

「へぇ、陸上部、明日から合宿なんだ」

軽音部の部室に入るとちょうど陸上部の合宿が雑談の話題になっていた。

「こんにちわ」

「あ、ケイ。遅かったね。京先輩なんだったの?面倒事?まさか浮気してないよね」

「いや、面倒事ってより。トレーニングメニューについてさ。ちょっと頑張ってたら。オーバーワークになると疲れが抜けにくくなるから気をつけろって。あはは。メニューよりちょっと上にしてたのばれたみたい。それになんでいきなり浮気疑惑だよ」

「むぅ」

真由美がちょっと不機嫌顔になったので抱き寄せてスリスリ。

「ちょっと怒った顔も可愛いな」

怒って良いのか笑って良いのか困っている顔で

「やっぱりケイはずるい。そんな風にされたら怒れない」

「いや、そもそも怒られるような事してないからね」

なんとか真由美を落ち着かせると、少々苦笑いで内木戸先輩が

「おぉケイ君。明日から合宿なんだって?」

「はい、河口湖近くの山和田ホテルって公共の宿で1週間みっちりの予定ですね。ってあれ?先輩3年ですよね」

「おぉ陸上部、張り切ってるねぇ。まぁ運動部と違って少し参加程度なら受験勉強に支障ないから遊びに来てるんだよ。まぁ部長は美穂に渡したから気楽だしね」

「なるほど?まぁ受験勉強に支障がないなら、息抜きも必要でしょうしね」

そこに新部長の神無月先輩がやってきた

「じゃぁふたりは明日から1週間は参加できないってことかぁ」

「そうですね。夏休みで陸上終わってからでも参加できたんですが、合宿中は。なので合宿終わったらまたよろしくお願いします」

「まぁ合宿じゃ、仕方ないわね」

と、また相変らず神無月先輩はパーソナルスペースが狭いのか距離が近い。

「先輩、ちょっと近いです」

真由美が身体を間に入れて距離をあけさせる。

「あはは、真由美ちゃんごめんごめん。そんなに威嚇しなくてもケイ君をとったりしないから」

「むぅ、神無月先輩は、いつもに近づきすぎなんです。もう少し物理的に距離をあけてください」

「ふふ、心理的な距離は近づいて・・・あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、もう言いません」

真由美から吹き上がる怒りのオーラに慌てて謝罪する。

そんな真由美を頭を撫でて宥めながら。

「1週間も練習できないってのも、もったいないなぁとは思うんですけどねぇ。さすがにセットで合宿に持ち込むのは無理なんで・・・」

「あぁじゃぁちょっとまってね」

言うと部室の奥でゴソゴソと何かを探す神無月先輩。

「あったあった。これ貸して上げるよ」

持ち出してきたのは

「アコースティックギター?」

「お、知ってるね。これなら電源もアンプも無しで練習できるよ。1台しか無いから二人で使ってね」

「いいんですか?」

「大丈夫大丈夫。ほぼ誰も使わないから」

「ありがとうございます」

「まぁとりあえず。ケース開けてちゃんと使えるか確認してからだけどね」

随分と長い間使われなかったのか、ケースはホコリまみれだったので、とりあえず雑巾で綺麗にホコリをとってからフタを開ける。中から出てきたのは木目の綺麗なアコースティックギターだった。チェックすると流石に弦は伸び切った上に錆びて使えそうも無かったし、ブリッジピンのうち何本かは折れかかっていたが、それ以外はどうやら無事そう。

「えーと、アコギ用の弦は・・・あったあった。それとブリッジピンは、まぁこれで良いか」

神無月先輩が備品箱から交換用の弦とブリッジピンを選んで渡してくる。

「え?良いんですか?それ部の備品ですよね」

真由美の問いかけに

「良いの良いの。さっきも言ったように他に誰も使わないんだから」

タブン古いであろう弦は防錆紙に包まれていたためキラキラと新品の輝きだ。ブリッジピンは木製で普段自分が使っているエレキギターの物と違って何か違和感がある。早速交換してチューニングをしていると。横から内木戸先輩が

「お、そのアコギまだあったんだ。なっつかしぃ」

「え?内木戸先輩、このギターに何か思い出あるんですか?」

「実は僕も高校入学してからギター始めた口でね。軽音部に入部直後にギターが買えなくて、しばらくそのギターを借りていた時期があったんだよ」

「エレキじゃなくてアコギを借りたんですか?」

「ほらエレキだとアンプ無いとちゃんと音出ないだろ。音が出ないと楽しくないから。だから夏休みにバイトして自分のギターを買うまで借りていたんだよ」

懐かしそうに目を細める内木戸先輩に、この先輩にもそんな時期があったんだと思い。

「「大事に使わせて貰います」」

真由美と声がハモった。

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