第49話
「おつかれさまぁ。明日から合宿だからね。朝6時30分に駅集合。遅れないようにね」
練習終わりに新キャプテンの京先輩が声を掛ける。進学校であるわが高国高校はインターハイ出場でもしない限り3年生は1学期中に引退する。そのため夏休みには2年生が新部長・新キャプテンとなるのが慣例で、今期の陸上部キャプテンは2年生の内藤京先輩が就任していた。
「あ、そうそう、ケイ、ちょっと来て」
「え、何かありました?あ、悪い、真由美、先に着替えて軽音部行ってて」
「あいあい、でも、いくら京先輩相手でも浮気しちゃダメだからね」
「おい、いくらなんでもそれは酷い言いがかりだろぉが」
「ん~、春にあたし達が付き合い始めた時の京先輩のつぶやき忘れてないんだからね」
軽く京先輩を威嚇する真由美。
「あはは、大丈夫よ。私も今ではふたりを応援してるんだから」
「まぁ、それなら良いんですけどね。じゃぁケイ先に軽音部行ってるね」
「おぅ、話が終わり次第いくわ」
「で、なんなんです?ワザワザ俺だけ引きとめて」
「これよ」
京先輩が見せてきたのは、トレーニング記録だ。
「部のトレーニング記録ですね。それが何か?」
「私も、最初は気付かなかったんだけどね。加藤さんが注意してくれたの」
「益々なんのことだか」
「とぼけるのも程々にしなさい。体を壊してからじゃ遅いのよ。こんなオーバーワーク。しかも帰宅後にもかなりのハードトレーニングをしてるみたいじゃない」
「大丈夫ですよ。オレのスタミナは先輩も知ってるでしょ」
「そういうことじゃ無いの。確かにうちは陸上部としては弱小校よ。でも練習量が決して強豪校と比べて著しく少ないわけじゃ無いの。単に目標タイムが違う程度よ。それをきちんとした指導者もなく勝手に1割以上上乗せした練習量にするなんて。私も加藤さんに指摘されるまで気付かなかったのもいけないけど、あなたいつも最初のグループで走って。ラストには最後のグループにも混ざって走っていたのね。しかも記録を見ると目標タイムを勝手に上方修正で設定して」
「目標タイムは、単に最近調子が良くてずれただけですよ。実際タイムトライアルの数値は県上位に近いタイムがでているでしょう。来年の夏はブロック予選までは進んで見せますよ」
「また、そんなごまかしを。中学時代からケイの走りを見てきたんですからね。ケイは初めて走った大会以外で不調時に落ちる以外設定タイムを大きく外したことないわよね。タイムトライアルの結果は見てるわ。でも体を壊してしまっては元も子もないのよ」
「ふぅ。そこまで言われたら、仕方ない。説明します」
「そうね、せめて説明はして欲しいわ」
「京先輩。陸上選手としてオレってどう思います?」
「説明するって言いながらいきなり質問?・・・まぁいいわ。そうね小柄だけど瞬発力もスピードも持久力もあって結構高レベルでバランスの取れたいい選手ね」
「うん、さすが京先輩。押えるべき所は押えてますね。じゃぁオレのこれからの成長てどのくらい期待できると思います?」
京先輩はオレのその言葉に、はっとしたように表情を変えた
「ケイ君まさか君」
「あぁ別にやけになっているとか、体をぶっ壊したいとかじゃないので安心してください」
あからさまにホッとした表情になる京先輩。
「じゃぁ・・・」
「単に、この体で上位を目指すには他人と同じじゃダメだって事です。トップを目指すには少々心もとない体ですがそれでも好きになった陸上でどこまで出来るかは知りたいじゃないですか。オレには多分高校までしか無いんですから。そこが真由美や雄二とどうしても違ってしまうところでしょうね。あいつらにはオレに無いフィジカルがある。幸いに才能もそれなりにありそうだ。あいつらの方が多分長く競技生活を送れると思うんですよ。オレが居なくなってからもオレの事を覚えていて欲しい、いやおれ自身のことをあいつらが忘れないのは分かってます。むしろ、あいつらがリアルにオレから離れるイメージも沸かない。ずっと一緒に居てくれるでしょう。でも、競技者としてのオレは・・・」
つい顔をふせてしまった。
「わかった。とは言えないわね。部を預かるキャプテンとしては。でも、そうね、あなたを好きな一人の女の子として応援してあげる」
「京先輩」
「でも、怪我をしないように万全の注意をすること。ちょっとでも異常を感じたらトレーニングを中断して医者に行って診察を受けること。コレが条件よ」
「ありがとうございます。最大限の注意をします」
「じゃぁ行っていいわよ」
「はい、お疲れ様でした。失礼します」
挨拶をして軽音部に向かう。
「あなたを好きな女の子ってとこはスルーなのね」
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