お姉ちゃんのテント

遠野歩

おるすばん

 日よう日の朝、りつこは、お母さんにおるすばんをたのまれました。といっても、お母さんの田舎いなかから送られてきたりんごを、おかいに住んでいる、大家おおやさんのところへ “おすそけ” に行くだけですから、そんなに長い時間ではありません。


 ※


「すぐ…かえってきてね」りつこは、心配しんぱいそうに言いました。

 りつこは、おそうじだっておつかいだって、ひとりでちゃんとできます。でも、おるすばんはまだしたことがありませんでした。

 それに、すこしのあいだでもいえにお母さんがいないのは、やっぱりさびしいです。

「うん。なるべくね。大家さんのおじいちゃん、おはなしがすきだから…」と言って、お母さんはりつこの目をまっすぐに見ると、りつこをぎゅっときしめました。

 そして、あわてた様子ようすで出かけていきました。


 ※


 りつこが、居間いまのソファにすわり、スケッチブックをひろげて、妖精ようせいの絵をいていると、子ども部屋べやから、“ガア、グゥアアアア!”と、かいじゅうのような声が聞こえてきました。


「おがああさーん。ぎゅーにゅー、じょーだいっ!!」


 弟のまもるです。今年の春から幼稚園ようちえんかよいはじめましたが、まわりの子とくらべて、背丈せたけがちょっぴり低いのをにしているようでした。

 がのびるようにと、毎朝まいあさコップ一ぱいのぎゅうにゅうをのんでいます。

 まもるは居間のほうにやって来て、

「あれ、ネエネだ!おがあは?」

「いま、大家さんのところだよ。だから、それまで ふたりでおるすばん。いーい?」


「わがった…ぎゅーにゅー、のみたい」


 ※


 れいぞうから牛乳を取りだしたとき、りつこはあることに気づきました。

全然ぜんぜんつめたくない…」

 おそるおそる開けてみると、いやなにおいがはなをつーんとしました。

「やだ、くさってる」

 しかたなくキッチンのながしに牛乳をすてていると、向こうから、

「ネエネー。テレビこわれた。ごろすけマンが出てこない」

 と、まもるのはんべその声がしました。


 もしかして……


 りつこは、部屋中のでんをカチカチしてみました。「だめだ。全然つかない」


「どうしよう…」

 心臓しんぞうが、ドキドキしました。


「お母さん、すぐにかえってくるし。

今日は…お天気だから電気つけなくてもあかるいし。

うん。平気へいき平気へいき」と、自分に言いきかせました。


 しばらくしてまもるが、


「ごろすけマン、みられらない。ツマラナイ、ツマラナイ」と、だだを こねはじめました。


「じゃあ、絵本は?」


「ぜんぶみた」


「じゃあ、いっしょにおうたうたう?」


「ネエネ、ひとりで、ボクが知らないお歌ばっかりうたって、ボクのこといじめるからイヤだ」


「はい。はい…じゃあ、マモは何したいの?」


 まもるはちょっと考えてから、


「ボク、キャンプ!」と元気げんきな声で言いました。


 ※


 りつこはれから、ダンボールばことガムテープを、お父さんのつくえの引きだしから、はさみとセロハンテープをりてきて、ほかに、自分の画用紙がようしと“カラーセロハン”を持って、ろうかに行きました。


「マモ、ちょっと つだって。この画用紙でね」

「エッ。なんでもいいの?」

「そう。お花とか おほしさまとか。マモ、お星様すきでしょ?」

「うん。ボク、オリオンがいちばんすき。のかたち。おどーさんに おしえてもらったの」とにこにこして言いました。


「それから、あれとあれを持ってきて……」


 りつこも、だんだん夢中むちゅうになってきました。


 ふたりは、もくもくと作業さぎょうしました。


「よし。マモ、おいでー。かんせーい」

 りつこのひたいには、あせのつぶがきらきらと光っています。こども部屋にいたまもるが、ろうかにかけてきました。


 ※


「うわー」まもるは、目をぱちぱちさせて、上をみあげています。


 そこには、たしかに立派りっぱなテントがたっていました。


「えー、こちらの建物たてものはですね…がおふとんでできています。入り口と出口には、段ボールのドアがついています。下にはね、おかあさんのヨガマットがしいてあるの。それから…」


 りつこは、得意とくいになってせつめいをつづけましたが、マモルはほとんど聞いていないようでした。


「ねー、マモル…」


「ネエネ!このかみ、なんでまっくろなの?」


「あ…さっきの画用紙がようしできたんだ?

あとは、玄関げんかんから懐中電灯かいちゅうでんとうを持ってくれば、オーケーっと」


 ※



はやく、入りなさいよ。おとこのでしょ」

「だって、まっくらだよ」

「懐中電灯は?」

「あ、そっか」

テントに、パッとかりがともりました。


「わー、ひみつきちー!」


 きちの中には、お母さんがりつこのためにんでくれた妖精ようせいのお人形にんぎょう、それから、まもるが描いたごろすけマンの絵もかざってあります。


「ボク、このウチだいすき。

ネエネ…ピーターパンのお話してよ」

「いいよ。でも、その前にもうひとつあるんだ。

マモがさっき切ってくれた紙と、このカラーセロハンでね。

ちょっと、懐中電灯かしてみて!」


 ※


 色のない天井に星々ほしぼしがかがやきはじめました。そこには、お花やちょうちょの星もあります。不格好ぶかっこうですが、赤や黄色、緑と、みんなたのしそうにかがやいています。


「ネエネ、ありがとう!」


「ううん。こちらこそ。マモもがんばったんだよ。ほら。あのすなどけい…」

「オリオン座……」


 まもるは目をつむって、星空のたびを楽しんでいるようでした。


 ※


「ただいまー」


「あっ お母さん!」りつこは、ているまもるをおこさないように、そっとテントからはいました。


「おかえりなさい」


「ごめんねー。きのうのよる、台風たいふうで近くのでんせんれちゃったらしいの。

いまもちょうないで、ていでんしてるんだって。大家さんからそのこと 聞いてたら、すっかりおそくなって……

あれ、まもるは?」

「こんなか。いまごろ、ピーターパンのゆめでも見てるんじゃない?」

 りつこがそう言うと、お母さんは、ぱっと笑顔えがおになって、出かけたときよりも、ずっと強くりつこをきしめてくれました。


「ありがとう。りっちゃん 。来年から小学生だねっ♪」




(おしまい)

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お姉ちゃんのテント 遠野歩 @tohno1980

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