[短編(市場)]その一言は

 市場の富裕層たちが住まう場所、の途中にある一つの店に立ち入る立脚類が二人。武器と背嚢を背負い、なんともものものしい雰囲気である。

「やぁ、シェーシャちゃん」

 だが扉を閉めた途端、にこやかに声をかける、土竜のうち一人。

「あ、ししょーだ」

 店内のガラスケースの後ろで、珍しく真面目な店番をしていた山飛竜は目を丸くして、ギルならいないよ、と首をかしげる。

「そうなんだ。すぐに戻ってくるかい?」

 にこやかな方が続けると、分かんない、と。

「お祭に参加するために、色々買いに行っちゃったの。何を買いに行ったのかも、どれだけ買うのかも分からないの」

 そうかー、と笑うバーンは、店舗の隅でさっさと荷物を下ろしたフィレアと店番を交互に見て、

「じゃあ、待たせてもらおう。ヴルムの青年に売りに来たんだ」

 はーい、と商売に興味のないらしいシェーシャは、バーンもまた隅っこに移動したのをじっと眺めていたが、やがて飽きたらしく、よく分からない歌を口ずさみ始めていた。


 それから幾らかして、ようやく裏口が開いた。はたと耳をすますシェーシャは、帰ってきたみたい、と二人に告げる。

「ギルぅ、ししょーがきてるよー?」

 背後の扉を体で開けて、覗き込む。するとその足元を通り抜ける影が一つ。つい彼女は目で追ってしまうが、それは先日やってきた王子様だ。

 勢いよくカウンターにやってきた彼は、待ちくたびれたと言わんばかりにゆっくり立ち上がるの二人を認めて、

「父さんが、お世話になっております!」

 そう、堂々と宣言した。

 しんと静まり返る。師匠二人が目を丸くして、見ず知らずの少年を見つめて。

「おい! 変なことを言うな! 誤解されるだろうが!」

 遅れて顔を出す店主怒鳴っても、礼儀正しく少年は一礼する。堂々とした振る舞いに、少々うろたえるギルは、彼は子供ではないと説明し始める。

「誤解しないでほしい。こいつは赤の他人で、一時期、世話をしてやったってだけだ。シェーシャとも、俺とも全く血の繋がりはないし、たまたまこいつが会いたいっていうからここにいるだけで!」

 似ても似つかぬ三人を眺めたフィレアが、落ち着きなよ、とガラスに手をつく弟子の額を小突く。

「そんなこと説明しなくていいだろう? それとも、なんかやましいことでもあるのか? ギル?」

 逆立っていた鱗が納まった頃、彼は頭を一つ振って言った。

 いや、ない。

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