[ネタ]乗算も加算も

 ゆらりと立っていて、不適な笑いを浮かべる挑戦者。まだ予選だというのに、それだけの余裕があるのだから、大層な自信である。

 見たところ、そこらの一般人、とは毛色がことなる。文字通り、眩しいくらいの金髪に、軽そうな鎧を身に付けていて、観客に埋もれていても容易に見つけ出せそうだと思いながら、合図を待つ。

 高まる緊張を嘲笑うようにしか見えない様相。武器も持たず、この試合に臨むというのだから、命知らずなのには変わらないだろう。

「初め!」

 中立の立場である審判が両腕を一息に掲げた。

 もちろん、先手はもらおう。命さえ取らず勝ち抜けば、予選は抜けられるのだから。

 取った。関節を、留め具を狙って、焦りを狙うことにした。しかし肉薄した切っ先が相手の鎧を傷つけるばかりで、わずかに動いて急所だけは逸らしたらしい。

「俺はなぁ」

 と、誰かの言葉が。審判ではない。

「おまえみたいなザコは、眼中にないんだよなぁ」

 顔をあげれば、にやにやと笑みを深くする敵がこちらを見下ろしていて、その手には、宝物か何かだろうか、見慣れない剣が握られている。

 警戒して下がろうと考えたが、それより早く彼は掛け声と共にそれを振り下ろしてきた。

 やばい。なら弾く!

 意を決して刀身を払えば、あっけなくそれは相手の手を離れ、観客の前にカランカランと音を立てて落ちた。

「は? なんだよ! 俺は力三百越えなんだぞ!? なんでてめぇに負けんだよ!」

 それを認めたとたんに、うろたえ始める相手の首もとに剣を向けて、審判を見やる。結果、勝利。

 剣を鞘に納めても、敵は何かをわめいていた。テンセイシャだの、最強だのと。


◆◆◆◆


 タイトルをつけるなら、俺は算数ができない、でしょうか? 数値をなんでも加算して戦力とする世界線から、乗算する世界に入ってしまって無様に敗北するというやつです。


 やはり数字の計算は、ゲームだからこそ面白いのであってストーリーには要らない要素だよなぁ、と改めて。先述のような要素こそゲームだからこそ成立する面白さなんですよね。

 例えばアナログゲームであっても数字の絡まないゲームって存在しますか? 滅多にないでしょう。じゃんけんとか、そんなちょっとした賭け事でないと。

 じゃあただ綴られた物語の半分が、数字の羅列だったら読みたいですか? もちろん謎解きを題材としたものなら必要な要素になり得るでしょうが、ほとんどはなくてもよいものです。

 そういったものを削除したとき、残っているのはどんな物語でしょうか? まさか、長編と歌いながら一万にも満たない物語なんてこと、ありませんよね?

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